き、博士には完全人間ができて嬉しいなどと挨拶したが、あれはお世辞にすぎなかったのである。事実国民は、大統領の希望するほど二十四時間を完全に緊張しつづけ、また不平不満ぬきで生活しているわけではなかった。
3
十九時過ぎのことだった。
十九時といえば、古い時刻でいうならば午後七時に当るのだったが、この地底に埋もれている国には、明けることも暮れることもなく、いつも人工光線の下で生活していた。太陽はいつもものうき光線を彼らの国の屋根に相当する地表に投げかけているだけだった。地表には蝶一匹すら飛んでいなかった。たびたびの戦争に、地表面は細菌と毒ガスとに荒れはて生き物はおろか草一本生えていない荒涼たる風景を呈していた。生き残った人間と、わずかの家畜と寄生虫とだけが地底にもぐりこんで種を全うした。
今も言った十九時過ぎのことだった。アリシア区の男学員ペンとアリシロの靴男工ポールとが私室において壺の中の蜜をなめながら話に夢中になっていた。
「ええおい、まったくこれはばかばかしいことじゃないか」
とポールが大きなジェスチュアをしながらペンをそそのかすように言った。
「うん」ペンはすこし当惑げな顔つきだった。
「うんじゃないよ、ペン公。俺たちの自由が束縛され個性が無視されているんだ。本来俺たち人間は、煙草もすいたいんだ。酒ものみたいんだ。それをあの閣下野郎がすわせない飲ませないんだ、これじゃ何処に生き甲斐があるというんだ」
「オイ頼むから、あまり大きな声を出さんでくれ。誰かに聞えるとよくないぜ」
「なアに、誰かに聞えれば、そいつも至極もっともだと思うにちがいない。もっともだと思わないやつは、あの39[#「39」は縦中横]番音楽にまだたぶらかされている可哀想なやつだよ」
「そういえば、ポール。お前にはミルキ閣下ご自慢の音楽浴もあまり効いていないらしいネ」
「うむ。もちろんそのとおりだよ」とポールは昂然と肩を張っていった。「これは大秘密だが、ちょっと俺の臀に触ってみろ」
ペンは言われるままに、好奇の眼を輝かして、ポールの臀をズボンの上から触ってみた。するとそこには、なんだか竹籠のようにガサガサしたものが手にふれた。
「やッ、これは何だ。何を入れているんだ」
「ふふふ、どうだ分ったか。これはナ、俺が一年間かかって繊維をかためて作った振動減衰器なんだ。知っているとおり
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