いたが、たちまち彼も、はげしく突き飛ばされた。なんという怪力であろう、老人のくせに……。
 老浮浪者は、さっさと立去った。

   怪しい影|来《きた》る

 その次の日は土曜日であったので、お昼がすむと、川北先生は道夫といっしょに木見邸を訪ねた。
 雪子の母親は寝込んでいた。昨日雪子の幽霊をみてからすっかり気を落してしまったのである。
 娘は死んだものに違いないと考えるようになったからだ。
 川北先生と道夫とは、まだそう決めるのは早すぎることを交《かわ》る交る説いた。そして先生よりも道夫の方がそれを熱心にいいはったのだった。
 雪子の父親は不在だった。川北先生と道夫は、雪子の母親の許しを得て、研究室をもう一度調べさせてもらうことにした。
 例のうす暗い長廊下を渡って、別棟の研究室へいった。扉の錠を外して、再び室内へ入った。
「ほら、やっぱり無い」
 川北先生は、部屋の中央に近い卓子《テーブル》のところへいって、本立の間に並べて立ててある、研究ノートの列を指した。前日同様、研究ノート第九冊は見えず、それがあったところだけが、歯が抜けたようになっていた。道夫少年は背中が急に寒くなった。

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