椅子の背中だけが道夫に向いあっていることがあるのだった。道夫はそれに気がついてぞっとした。なんという気味のわるいことだろうか。
ところがしばらくすると、その椅子に、前のとおりに雪子がちゃんと腰を下ろし、道夫へ向いて、さっきと同じような姿でいるのであった。しかも、そうして雪子が椅子の上にもどってきても、音一つするのではないし、雪子の表情もかわらず、まことにふしぎなことだった。
しばらくすると、また雪子の姿が、道夫の眼の前からぱっと消えて、椅子の背中だけになってしまう。とまた雪子の姿があらわれるのであった。
こんな奇怪なことがくりかえされるので、道夫は自分の神経がどうかしたのではないかと疑った。だが神経のせいではないらしい。雪子の姿がしきりに消えるときには、眼の残像現象の理により、雪子の姿と、雪子のかけている椅子の背中とが重なり合って、まるで雪子の身体がガラスのようにすいて見えるように感じられた。
「道夫さん。へんな顔をしているのね。分っているわ。あたしの姿がへんにぼやけて見えるからでしょう」
ぼやけているというのでもない――と道夫がいおうとしたとき、雪子はいきなり立上って、隅の机
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