二次元世界ではどう感じたか、もちろんお芋という立体が通りすぎたとは感ずる力はない。感じたのは、はじめ小さな点がだんだん大きくなってゆき、やがてその極限に達しさまざまに形が動いて変り、びっくりしておどろいている間にその円味《まるみ》をおびたものはだんだん小さくちぢんでいって、やがて消えてしまった――と、こういう風に二次元世界では感ずるのです。分るでしょう。そしていったい今のは何であったろうと、ふしぎがることでしょう。いくら考えても分らない。そこで二次元世界の生物は、『ああ、そうか、あれは幽霊というものだったんだ。それにちがいない』と結論をつけてしまうというわけ。これが幽霊の科学なのよ。分るでしょう、道夫さん」

   復元協力

 二次元世界を三次元の物体が通過したとき、二次元世界では、三次元物体の交点を見る。そしてその交点は始めいきなりあらわれ、そして動き、やがて消えうせる。このふしぎな現象を、二次元世界では幽霊を見たんだと結論する、――雪子学士は、こういう意味のことを図解によって道夫に話をして聞かせたのであった。
「ねえ、道夫さん。今のお話がわかると、こんどは次元を一つあげて考えてみたいのよ。今あたしたち三次元世界をつらぬいて四次元世界の物体が通過したとすると、あたしたち三次元世界の生物は、それをどんな風に感じるでしょうか」
「さあ!」
「四次元の物体はどんな形のものだか、あたしたち三次元生物には、どんなに首をひねったってわかりっこないんです。しかしその四次元の物体が、あたしたちの三次元世界に交わると、その切口はあたしたちにも見えるわけね。ちょうど前のお話で、水の平面の世界にすんでいる生物が、お芋を一つの円と見たと同じように。――だからあたしたち三次元世界においては、四次元物体の切口が立体に見えるわけなのよ。ここが重要な点ですよ」
「何もない空間に、とつぜんあらわれたぼんやりした影のような形。それがだんだんはっきりしてきて、やがて人形か何かになる。が、それがいつしかぼんやりかすんでいって、おしまいにはふっと消えてなくなる。そういうものを、この世の人は幽霊だといっています。ところが、今のべた理屈でそれを説くならば、幽霊トハ四次元世界ノ物体ガ三次元世界ニ交ワリタルトキニ生ズル立体的切口ナリといえるわけでしょう。このお話がわかって、道夫さん」
 そう問われて、道夫はようやく雪子のいっていることがわかりかけたように思った。
「じゃあ、僕たちが幽霊だと思っているものは、死んだ人の魂《たましい》でもなんでもなく、四次元世界のものが、僕たち三次元世界にひっかかって、その切口が見える――その切口を幽霊と呼んでいるんだ。そういうんでしょう」
「まあ、大体そうですわ。道夫さんのことばをすこし訂正するなら、幽霊の中にはそういう幽霊もあるといった方が正しいでしょう」
「すると雪子姉さんはいったいどうしたわけなの。雪子姉さんは今幽霊でしょう。すると雪子姉さんは四次元世界の生物ですか。そんなはずはないや。僕たちは三次元世界の生物なんだから、四次元生物ではない。そうでしょう」
 道夫はたいへんするどい質問を、雪子学士になげつけた。
 雪子学士の顔が、急に赤くなったようである。雪子は何と返事をするであろうか。
「そうですわ。あたしは三次元世界の生物であって、決して四次元世界の生物ではありませんわ。でもあたしは、今、四次元世界に住んでいるんです」
「でも、三次元世界の僕にも、雪子姉さんの姿がちゃんと見えますよ」
「それは見えるでしょう。あたしは四次元世界を漂流している身の上だけれど、一生けんめいに三次元世界の方へ泳ぎついて、今それにつかまっているところなのよ」
「ああ、それで僕たちの眼に雪子姉さんの姿――いや姉さんの幽霊の姿が時々ぼやけながらも見えているわけね」
「そうなの。そしてあたしは三次元世界につかまっているんだけれど、とても苦しくて、この上いつまでもつかまっていられそうもないわ。あたしの体力がつきてしまったら、ああそのときはあたしは完全に四次元世界の中へ吹き流されてしまって、再び三次元世界に近づくことはできなくなるでしょう。道夫さん、どうかこの哀れなあたしを救ってよ」
 雪子は涙と共に、悲しい声をふりしぼった。
「ええ、僕にできることなら、何でもしますよ。どうしたら雪子姉さんを救えるのでしょうか」
「ありがたいわ、道夫さん。ようやく薬品の配合比も計算したし、その薬品を集めることもできたの。あとはそれを使って、貴重な薬品を合成すればいいの。あたしは早速《さっそく》この部屋でその仕事を始めたいのよ。さあ、手伝ってちょうだい」
「どうすればいいの」
「そのブンゼン灯に火をつけてみてよ」
「はい。つけましたよ。それから……」
「ああ、とうとう火がついた。まあ
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