と。高さはないし、横、縦の区別がなく、ただ長さだけがある世界。これが一次元世界。――そこで四次元世界というものを考えることができるでしょう」
「ああ、四次元世界!」
と、道夫はわけのわからない四次元というものを思いだして、ためいきをついた。
「一次元世界は長さだけの世界なの。二次元世界では横の長さと縦の長さがある世界ですから平面の世界。その次は三次元世界となって、平面の世界に高さが加わり、横と縦と高さのある世界、つまり立体の世界だわね。分るでしょう」
「さっきから同じことばかりいっているよ」
「では四次元の世界はどんなものでしょうか。今まで考えたことから、次元が一つ増すごとに、新しい軸が加わっていく。立体の世界に、もし一つの軸が加われば、すなわち四次元世界となるわけ。さあ考えて下さい。想像して下さい。四次元の世界は、どんな形をもった世界でしょう」
「そんなむつかしいこと、わからないや」
と、道夫はなげだしてしまった。
「そういわないで、よく考えてみてよ」
雪子は、鉛筆のお尻で、卓子《テーブル》の上をこつこついわせながら、道夫の顔を見つめている。紙の上にはいつ書いたとも知らず、線と平面と、マッチ箱らしい立体との三つが書いてある。
道夫は、雪子からきかれて困ってしまった。
「四次元世界なんて、どんな形だか、てんでわからないや」
「そうなのね。四次元世界はどんな形のところだか、それをいいあらわすことはちょっとむずかしいわけね。なぜむずかしいかというと、人間は三次元の世界に住んでいるからなの。三次元世界の者には、それよりも一つ上の次元の世界のことはわからないわけですものね。たとえば、いま平面の世界があったとして、それに住んでいる生物は、どう考えても立体世界というものが分りかねるの。それは平面世界には、高さというものがないから――高さがあれば平面ではなくなりますものね――だから立体というものを想像することができないの。無理はないわね」
道夫は、すこし頭が痛くなった。紙の表面だけを考えると、これは平面世界だ。その世界に生物が住んでいるとする。
その生物には、高さというものが分らない。なぜなら平面世界には、横と縦とがあっても、高さというものがないんだから。
なるほど、よく考えると、わかる。
「それと同じように、立体世界、すなわち三次元世界に住んでいる者は、それより一つ高次の四次元世界を考えることができないわけなのね。どこまでかけだしていっても、要するに横と縦の高さの三つでできている世界であって、その上にもう一つの軸を考えることができないんですものね。別のことばでいうと、三次元世界の者は、三次元世界からぬけだすことができないために、もう一つの元がどんなものであるか、それを感ずることができない」
「もういいよ、その話は……」
「しかし、一次元世界があり、二次元世界があり、三次元世界があるものなら、四次元世界があってもいいし、さらに五次元、六次元もあっていい。つまり算数の理からいえば、そういえるわけね」
「算数は、考えるだけのことでしょう。それより、ほんとうにその四次元世界というのがあるのかどうか、それを知りたいなあ」
「それはあるのよ。ちゃんとあるのよ、四次元世界というものがね。それについてあたしは、ぜひ幽霊のお話をしなければならないの。あの幽霊というものは、四次元世界の者が、三次元世界に重なって、そしてできるところの『切口』であるという結論をお話しなければならないの。その方が、早わかりがしますからね」
「むずかしいお話はごめんだ。ぼくは雪子姉さんのように勉強もしていないし、あたまもよくないんだからね」
道夫が悲鳴をあげた。
「まず、幽霊を科学的に証明しておかないと、あたしが今どんな危険なところに立っているか、それが道夫さんにわかってもらえないと思うわ。道夫さん、実はあたしは、その幽霊なのよ。今あたしは、四次元世界を漂流している身なのよ。助けて下さい。ぜび力を貸してあたしを助けだして下さい。一生のお願いですから……」
と、雪子は姿もおぼろとなり、悲痛な声をはなって泣いて訴《うった》えるのだった。ああなぜ雪子学士は、四次元世界などに踏みこんで漂流するような身の上になったのか。
幽霊の科学
しずまりかえった真夜中のことだった。
光もおぼろの下弦《かげん》の月が、中天にしずかにねむっていて風も死んでいた。
ぼろぼろの服に身体を包んだ雪子学士のあやしい影が、机のむこうから、悲痛な顔つきでもって、一所けんめいに道夫少年をかきくどいているのだ。
「幽霊を見るのは気のまよいだといわれているでしょう。この世の中に幽霊なんてありはしないといわれているわねえ。でも、幽霊というものは、ないわけではないのよ。道夫さんは今あたしをたしか
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