「本当かな」
課長は半信半疑であったが、外にいい手がかりがちょっと見あたらないものだから、彼は部下に命じて外をあらためさせた。
気の強い課員が先頭に立って、扉をあけて外へでてみた。そこには非常用の梯子《はしご》がついていて、この三階から中庭にまで通じていた。下を見まわしたが何にも見えない。
それでは上かなと思って、念のために上を向いてみたが、暮れゆく空には、高いところに断雲がゆっくり動いているだけで、やはり何も見当らなかった。
「どうだ。見つかったか」
課長も、課員と共に外へでてきた。
「だめです。幽霊のゆの字も見えません」
「壁を通りぬければたしかにこっちへでてこなければならんのですがね」
さっきの課員が、そういって首をかしげた。
「幽霊も大金庫も壁の中に入ったまま、まだ外へででこないんじゃないかな」
「おい気味のわるいことをいうな。そんなら僕の立っている壁ぎわから幽霊のお嬢さんが顔をだすという段取になるぜ」
急いで壁のそばからとびのく者があった。
外をしらべ切ったが、手がかりは全くないと分ると、課長の心には、大金庫を重要書類と共に失ったことが大痛手としてひびきつづけるのであった。
(万事休した。一体どうすればいいのか)
さすがの田山課長も、にわかに自分の目が奥へ引っこんだように感じ、力なく課長室へ引きかえした。
室内はがらんとしていた。課員はみんな外へでているからである。しかしただ一人課長の机の前でのんきそうに煙草をふかしている者があった。誰だ、その男は? あいにく室内は暗くて顔を見さだめにくい。
「課長さん。賭は僕の勝ですね。あなたの秘蔵の河童《かっぱ》のきせるは僕がもらいましたよ」
そういった声は、蜂矢探偵に違いなかった。課長は舌打ちをした。
「おい蜂矢君、君が幽霊なんか引っぱりこむもんだから、たいへんなさわぎになったよ。大金庫まで持っていっちまったよ、あの幽霊に役所の重要物件まで持っていかせては困るじゃないか、君」
「待って下さい課長さん。お話をうかがっていると、まるで僕が幽霊使いのように聞えるじゃないですか」
蜂矢探偵はにが笑いと共にいった。
「正に君は幽霊使いだとみとめる。君のお膳立《ぜんだて》にしたがって、あのとおりちゃんと現われた幽霊だからね。なぜ君は幽霊を使って役所の大切な大金庫を盗ませたのか」
「冗談じゃありませんよ、課長
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