よ。しかしこの部屋へ幽霊を招く?そんな非科学的なばかばかしい興行に関係している暇はないからね」
「その問題はすでに昨日解決している。今日になって改めてむしかえすのは面白くない。僕はちゃんと賭《か》けているのですからね。賭けている限り僕はこの試合場に準備を施す権利がある。そうでしょう。――もっとも幽霊学士を迎えるのは夕刻から早暁までの暗い時刻に限るわけだから、僕の註文《ちゅうもん》する仕度は、今日の夕刻までに完成して頂けばいいのです。窓のカーテンは皆おろしてもらいましょう。電灯はつけないこと。諸官はこの部屋にいてもよろしいが、なるべく静粛にしていて、さわがないこと。いいですね、覚えていて下さい」
「おい古島刑事、お前に幽霊係を命ずるから、蜂矢君のいうだんどりをよく覚えていて、まちがいなく舞台装置の手配をたのむよ」
課長はついにそういって、老人の刑事に目くばせをした。
「はっ。だけど課長さん。これは一つ、誰か他へ命じて貰いたいですね。わしは昔からなめくじと幽霊は鬼門なんで……」
「笑わせるなよ、古島君。お前の年齢《とし》で幽霊がこわいもなにもあるものかね」
「いえ。それが駄目なんです。はっきり駄目なんで。……課長が無理やりにわしにおしつけるのはいいが、さあ幽霊が花道へ現われたら、とたんに幽霊接待係のわしが白眼をむいてひっくりかえったじゃ、ごめいわくはわしよりも課長さんの方に大きく響きますぜ。願い下げです。全くの話が、こればかりは……」
古島老刑事はひどく尻込《しりごみ》をする。蜂矢探偵はにやにや笑ってみている。田山課長の顔がだんだんにがにがしさを増してきた。
「私が命令した以上、ぜいたくをいうことは許されない。ひっくりかえろうと何をしようと幽霊係を命ずる」
「わしの職掌《しょくしょう》は犯人と取組《とっくみ》あいをすることで、幽霊の世話をすることは職掌にないですぞ」
「あってもなくても幽霊係をつとめるんだ。もっとももう一人補助者として金庫番の山形《やまがた》君をつけてやろう」
「課長。よろこんで引受けます」
柔道四段の猛者《もさ》の山形巡査が、奥の方から手をあげて悦《よろこ》ぶ。古島老刑事は、
「おい山形君。そんなことをいうが、大丈夫かい」
とそっちを睨んだが、係が二人にふえたのにやや気をとりなおしたか、ほっと軽い吐息を一つ。
「じゃあ、これで手筈《てはず》はき
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