で二つに折って、中の弾丸《たま》の様子を調べた。調べ終ると、ピストルを元のように直して内ポケットにしまった。それから彼は部屋をでていった。扉の鍵のまわる音がした。やがて彼の足音が、廊下を遠ざかっていった。そしてあたりは静かになった。
玄関の方へ下りていったこの怪紳士の知らない或る出来事が、このかぎのかかった静かな部屋の中でおこなわれた。それは空虚になった暗《やみ》の中であった。部屋のまん中の、机の面よりやや高い空間に、ぼんやりした光があらわれた。
それは一秒一秒と弱いながら明るさを増していった。そして光の面積が次第にひろがっていった。四十五秒たつと、その光りものは、一つの物の形となった。正面を向いて、身体をかたくして、じっと立っている洋装の若い女性の姿になっていたのだ。
木見雪子の幽霊だ!
まぎれもなく彼女の幻影である。ふしぎだ、ふしぎだ。生きているように見えながら、しかもはっきりしないその姿。これを誰しも幽霊といわないで何を幽霊と呼ぶべきであろうか。何故《なぜ》に雪子学士の幽霊がこの部屋にあらわれたのか、そのわけは分らないが、もしもこの部屋に誰かがいて、雪子学士の幽霊を落ちついて見たとしたら、その人はきっと一つの興味あることを彼女の姿の上に発見したであろう。それは雪子学士の着ているワンピースの服が、あっちもこっちも引裂け、甚《はなは》だしい箇所ではその裂目《さけめ》から雪子の青白い皮膚があらわに見えることだった。
雪子学士の幽霊は、約二分の後に、つと両手を机の上にのばした。二本の白い手は、しばらく机の上をさぐっているように見えたが、やがてその手は、机上にひろげられた研究ノートをつかみ、そのまま持上げて自分の胸に抱きしめた。
それから幽霊はそろそろと後じさりを始めた。やがて幽霊の身体は壁につきあたった。と思ったらその輪廓《りんかく》が急に崩れだした。身体が輪廓の方から内部へ向って溶けだしたように見えたが、最後に顔面だけが残った。が、やがてそれも崩れ溶けてしまい、雪子学士の幽霊は完全にこの部屋から消え失せた、彼女の研究ノート第八冊と共に……。
怪紳士の留守宅に、おいて、このような奇怪な出来事が誰人にも知られずおこなわれている折も折、警視庁の捜査第一課はその主力をあげて三台の自動車に詰められ甲州街道をまっしぐらに西へ西へと飛ばしていた。いかなる事件が突発し
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