ト八冊をうばい窓から逃げだした人物こそ、この怪老人に違いないという結論になるはずだった。
そんなことを考えながら、道夫は堤《どて》の上をぶらぶら歩いていた。そのとき彼が、ふと堤の下から一条の煙があがっているのに目をとめ、その煙をつたわって何気なく、その煙の源《みなもと》を見ると、一人の男が焚火《たきび》をして、何か物を煮ているのだった。道夫は、いきなり堤下へ飛び下りた。
「おじいさん。しばらくだったね」
相手は、ぎょっとして道夫の顔を仰《あお》いだ。道夫はそのとき老人が髯面《ひげづら》に色眼鏡をかけているのを見て取った。だがその色眼鏡は、かねて見覚えのあるものとは違い、枠の細いものであることに気がついた。さてはと道夫の胸はおどった。
老人はつと立って、例の不恰好《ぶかっこう》な厚着をした身体をぶるんとふるわせると、物もいわずに逃げだした。
「話があるんだ。待ちなさい。おじいさん」
道夫は後から追いかけた。が老人の足は意外に速く、道夫の方は堤の雑草に足を取られそうで、気が気ではなかった。そのうちに道夫はあっと声をあげた。思いがけなく穴ぼこに落ちこんだのである。その穴は意外に深く、彼は落ち込む途中でいやというほど頭を打った。どこかで老人のあざけり笑うらしい声が聞えた。と、道夫は気が遠くなってしまった。
怪紳士
道夫は、ふっと悪夢から目ざめた。
いじ悪い数頭の犬にとりかこまれて、自分はあっちへ引張られ、こっちへおわれて、はてしない乱闘をつづけているうちに、ふとこの悪夢がさめたのだった。全身におぼえるけだるさ、そしてずきんずきんと頭のしんが痛む。
「おお、気がついたようだよ。道夫君、元気をだしたまえ。そしてまずこれをのむのだ。気持がよくなるよ」
しっかりした男の声だ。道夫は、まだ夢心地で声のする方へ、ものうい眼を向けた。
(川北先生かしらん)
と思ったが、道夫の日にうつった声の主《ぬし》の姿は、川北先生ではなかった。先生よりはだいぶん年上の人で、こい緑色の背広を着た面長《おもなが》の背の高い紳士だった。その紳士は、左手を道夫の背中に入れて長椅子から抱きおこし、そして右手にコップをもって道夫の口へ近づけた。
道夫はひじょうにのどがかわいていたので、いわれるままにそのコップから、中の液体をのんだ。甘ずっぱい、そしてさわやかな、刺戟《しげき》のあるすば
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