い早口で話しかけた。
「道夫君、君はこの部屋で女の首を見たといったね。その女の首は、どのへんに浮んでいたと思うのかね」
 道夫は、ぞっとして首をちぢめたが、
「そのへんです」
 といって実験台と丸卓子との中間を指さした。
「ここかね」
 川北先生は、そこまでいってみた。
「いえ、もっと丸卓子の方へよっているように思いました」
「するとここらだね」
 川北先生は、手を伸ばして丸卓子の上に大きな獅子のブックエンドにはさんである大きな帳簿をなでた。その帳簿は皮革の背表紙で「研究ノート」とあり第一冊から始まって第九冊まであった。
「どうぞこちらへ」
 図書室から武平が顔をだしたので、川北先生と道夫とは、そっちへいった。図書室には学術雑誌や洋書が棚にぎっちり並び、その外に器械もほうりこんであった。
「もう一つあちらに寝室がついています。それも見て頂きましょう」
 武平は図書室をでて再び広間に出、南側の壁にはめこんである扉の前に立った。扉には錠が下りていたので、武平は鍵をだして腰をかがめて、あけに懸《かか》った。が、鍵が違ったらしく、すぐにはあかなかった。道夫は武平の傍《そば》へいって手助けをしようとした。川北先生はその間、部屋をぐるぐる見廻《みまわ》していた。そのとき先生が入口の扉の方へ眼をやったとき、暗い廊下からこっちを覗《のぞ》きこんでいる背の低い洋装の少女があった。
(誰だろう。お手伝いかな。それとも親類の人かな)と思っているとき、寝室の扉があく音がした。
「あきました。どうぞこちらへ……」
 武平の声に、川北先生はそっちを見ると、武平と道夫は中へずんずん入っていく。
 川北先生は、それを追い駆けるようにして寝室へ入った。そこはくすぐったいような匂いと色調とを持った高雅な女性の寝室であった。ベッドは右奥の壁に――。
「ゆ、雪子、雪子……」
 突然|昂奮《こうふん》した女の声がして、研究室の中へ駆け込んできた者がある。武平が、さっと顔色をかえて寝室を飛びだした。
「おい、どうしたんだ、そんな頓狂《とんきょう》な声をあげて。……おい、落着きなさい」
「ああ貴郎《あなた》。雪子ですよ、雪子が今、ここへ入ってきたでしょう」
「なに、雪子が……」
 武平の声がふるえた。
「さあ、わしは見なかったが……もっとくわしく話をなさい」
 道夫も、川北先生もすぐかけつけたが、昂奮している主
前へ 次へ
全67ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング