やく雪子のいっていることがわかりかけたように思った。
「じゃあ、僕たちが幽霊だと思っているものは、死んだ人の魂《たましい》でもなんでもなく、四次元世界のものが、僕たち三次元世界にひっかかって、その切口が見える――その切口を幽霊と呼んでいるんだ。そういうんでしょう」
「まあ、大体そうですわ。道夫さんのことばをすこし訂正するなら、幽霊の中にはそういう幽霊もあるといった方が正しいでしょう」
「すると雪子姉さんはいったいどうしたわけなの。雪子姉さんは今幽霊でしょう。すると雪子姉さんは四次元世界の生物ですか。そんなはずはないや。僕たちは三次元世界の生物なんだから、四次元生物ではない。そうでしょう」
 道夫はたいへんするどい質問を、雪子学士になげつけた。
 雪子学士の顔が、急に赤くなったようである。雪子は何と返事をするであろうか。
「そうですわ。あたしは三次元世界の生物であって、決して四次元世界の生物ではありませんわ。でもあたしは、今、四次元世界に住んでいるんです」
「でも、三次元世界の僕にも、雪子姉さんの姿がちゃんと見えますよ」
「それは見えるでしょう。あたしは四次元世界を漂流している身の上だけれど、一生けんめいに三次元世界の方へ泳ぎついて、今それにつかまっているところなのよ」
「ああ、それで僕たちの眼に雪子姉さんの姿――いや姉さんの幽霊の姿が時々ぼやけながらも見えているわけね」
「そうなの。そしてあたしは三次元世界につかまっているんだけれど、とても苦しくて、この上いつまでもつかまっていられそうもないわ。あたしの体力がつきてしまったら、ああそのときはあたしは完全に四次元世界の中へ吹き流されてしまって、再び三次元世界に近づくことはできなくなるでしょう。道夫さん、どうかこの哀れなあたしを救ってよ」
 雪子は涙と共に、悲しい声をふりしぼった。
「ええ、僕にできることなら、何でもしますよ。どうしたら雪子姉さんを救えるのでしょうか」
「ありがたいわ、道夫さん。ようやく薬品の配合比も計算したし、その薬品を集めることもできたの。あとはそれを使って、貴重な薬品を合成すればいいの。あたしは早速《さっそく》この部屋でその仕事を始めたいのよ。さあ、手伝ってちょうだい」
「どうすればいいの」
「そのブンゼン灯に火をつけてみてよ」
「はい。つけましたよ。それから……」
「ああ、とうとう火がついた。まあ
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