ひょっとすると、玄関の方から誰かが密かに縁側へ廻って来て、あの室内の水瓶に毒を混入した。それを知らないで真一が水瓶からコップに水を注いで嚥み、あのように死んでしまったのではないかと考えた。そうでないと、あまりにも不思議な毒物の出現であったから。
 そこに気がついた途端に妾はいままですっかり忘れていたあの夜の重要人物のことを思い出した。それは妾が真一と共に離座敷に入ろうとしたときに、キヨが玄関に来訪を告げに来た未知の紳士のことだった。キヨの言葉を借りると、その紳士と妾とは、男と女との違いこそあれまるで瓜二つのように似ていたので愕いたということである。その紳士に逢おうとて、妾が玄関に出て行ったときには、どうしたものか姿が見えなくなっていた。それから妾はキヨにいろいろ命じたりして、約五分か十分経って、妾が離座敷に行ったときには、もう真一が斃《たお》れていたのであった。それから以来、あの妾によく似ているという紳士には逢わないが、彼こそそのような奇術めいたことが出来る立場にあったのではなかろうか。一体あれは誰だったろう。
 そこで妾は勝手の方からキヨを呼びよせて、怪紳士のことを尋ねてみたのであっ
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