どこにもございまして、これは手懸りになりません。でも奥さまは、もっと何か地方的な特色のあることを御存知の筈と存じますわ。お小さいとき、よくお気のつくものとしては物売りの声、お祭りなどの行事、その辺のごく狭い地区の名、幼《おさ》な馴染《なじみ》の名などでございますが、一つ思い出していただきましょうか」
 そこで妾は変な諮問《しもん》を受けることとなった。
「物売の声で、なにか憶えていらっしゃるものはございません?」
「さあ、――」
 と妾はこの意外な問いにすくなからず驚いた。そして長い間考えていたが、やっと一つ思い出すことが出来た。
「そうです、魚売りのおばさんの呼び声を思いだしましたわ。こうなんです――いなや鰈《かれい》や竹輪《ちくわ》はおいんなはらーンで、という」
「おいんなはらーンででございますか。たいへん結構なお手懸りでございますわ。ではもう一つ、お祭の名称など、いかがでございます」
「さあ、――明神さまのお祭りだとか、それから太い竹を輪切りにしてくれるサギッチョウなどというものがありました」
「ああ左義長《さぎちょう》のことですネ。それも結構です。それからこの辺の村の名とか町の
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