、妾はよくこの質問を父にしたことだった。それを云うと、父は急に機嫌を悪くして噛んで吐きだすように云った。
「おッ母アはどこかへ逃げちまったよ。お前が可愛くはないのだろうテ」
「あの立葵の咲いていた分れ家のネ」
「ウン」
「あの中に、あたしの同胞《はらから》がいたわネ。あの子を連れて逃げちゃったのでしょ」
 すると父は首を大きく振って、
「イヤイヤそうじゃないよ。あの子は赤沢の伯父さんが、どっかへ連れていってしまったんだよ。おッ母アは、あの子も可愛くないのだろう」
「じゃお母ア様は、誰が可愛いの」
「そりゃ分らん……赤沢にでも聞いてみるのじゃナ」
 父は苦い顔をして応えた。
「ねえ、お父さま。もとのお家へ帰りましょうよ、ねえ」
「もとのお家? なぜそんなことを云うのだ」
 と、父は俄かに声を荒らげていうのであった。
「もとの土地へ帰っても、もうお家などは無いのじゃ。あんな面白くもないところへ帰ってどうするんか。この船の上がいいじゃないか。じっとして、どんな賑かな港へでもゆける」
 父は故郷を呪ってやまなかった。
「お父さま。あたしたちの故郷は、何というところなの」
「故郷のところかい。お
前へ 次へ
全95ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング