カンをつけているというので、たいへんな悦びようであった。母はいつも彼女の背後に坐り、その頭の後方にある真黒な切布を覆った枕とも蒲団ともつかない塊の上に手をかけて、妾たちを見守っているのであったが、このカンカン競べのあったときは、どうしたものかその黒い切布をかぶったものがまるで自ら動きでもしたように捲かれてきた。そのとき妾はその黒布の下に、また別な紅いリボンがヒラヒラしているのを逸早《いちはや》く見てとったものだから、たちまち大変気色を悪くしてしまった。
「ずるいわずるいわ、あんたはあたいよりも沢山リボンを持っていて、隠したりなんかしているんですもの……」
 と妾は格子につかまって駄々をこねだした。母はその内側でなにかひそひそ優しく叱りつけている様子であったが、それは妾を叱りつけているわけではなかった。と云ってヘラヘラ笑いつづけている機嫌のよい幼童を叱っているのだとも、すこし違っているように思えた。母は暫くしてから格子の外の妾の方を向き、
「珠ちゃん、リボンの数は皆同じよ。ホラよくごらんなさい……」
 といった。そういわれてからよく見ると、妾のはらからの頭にはチャンとリボンが三つついていた。さっき四つか五つぐらいに見えたのは思いちがいだったんだわと思ったことであった。もちろんその日も、妾は次の順序として、庭に追いやられた。それから再び座敷へ上ってきてから、
「あんたも今日はいいカンカンしているわねエ、皆同じだわネ」
 と同じ祝詞《しゅくし》を呈して、再びはらからの大騒ぎをして悦ぶ様《さま》を見たのであった。
 格子のなかの妾のはらからについては、妾はそれ以外に多くを憶えていない。第一どうしても思いだせないのは、彼女の名前だった。母は格子の中に寝ている子供を指して、これはお前のはらからで、同じ年である。お前の方がお姉さまだから、温和しく可愛いがってあげるのですよといったのは憶えているのだが、どうしてもそのはらからの名前が思い出せない。ひょっとすると、母はそのはらからの名前を妾に云わなかったのかも知れない。
 妾がはらからについて記憶していることは大体右のような事だけである。その後のことについては全く知らない。その後のことは、座敷牢のはらからのことだけではなく、妾の母についても知るところがない。なぜなら妾はそれから間もなく、母と不幸なはらからとに別れてしまったからである。それは突然の別れであった。それについては、いずれ後に述べることになるが、とにかく思いがけない事件が、妾から母と妹――カンカンを結って喜んでいたはらからのことを、妹と呼んでいいだろう――とを奪ってしまったのだ。
 その後ある機会に、妾の母は死んでしまったことを知った。そして残るのは妾の妹(?)の消息だけなのであるが、いま妾の企てている探索がもし成功しないとすれば、あの川添いの家でカンカンを見せ合ったときが、実に母と妹とに対する最後の別れとなるのである。
 だが実を云えば、あの新聞広告は、妾のあのはらからの生死を確めることも目的ではあるけれども、妾としてはもっともっと重大な意味があることを一言申しあげて置かねばならない。それはいかなるわけかと云えば、最近妾は偶然の機会から船乗りだった亡父の残していった日記帳を発見し、その中に、実に何といったらいいか自分の一身上について、大きな謎に包まれた記載文を発見したのである。その文意は、気にしないでいるのにはあまりに奇々怪々に過ぎるのである。
 ――いまから二十三年前の二月十九日の父の日記帳には、次のようなことが書きつけてあった。
「二月十九日。――呪われてあれ、今日|授《さず》かりたる三人の双生児!」


     2


 三人の双生児?
 二人の双生児なら、これはよく分るが、三人の双生児とはどうしたことであろうか。三とあるのは二の誤記ではあるまいかと思ったが、よく考えてみると、双生児が二人なら、別に改まって「二人の双生児」と断る必要はない筈である。三人だからこそ不思議なので、三人のと断ったものだと考えられる。二月十九日といえば、たしかに妾の誕生日なのである。これは妾の手文庫の中にあった妾の緒にチャント書いてあったから間違いはないと思う。すると二月十九日には妾の外にもう二人のはらから[#「はらから」に傍点]が誕生したことになる。
 もっとも父は「授かる」と記し、「家内が産んだ」とは書いてないので、疑えば疑えないこともないが、まず授かるといえば、父の子供として認める意志があったように取れるので、出産のあったものと見るのが無難だと思う。
 すると妾の母は、三人の双生児を生んだのであろうか。そしてそのうちの一人が、この妾なのである。残りの二人は何処にいるのであろうか。どうして三人で双生児なのであろうか。そういうことはあり得ることではな
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