い。二人ならば双生児だし、三人ならばどうしても三つ子といわなければならない。いくら三つ子が生れたからといって、父が三つ子を双生児と書き誤る筈はないと思う。そうなると、三人の双生児という有り得べからざる名称のうちに、何か異状の謎が語られていることになる。
 妾はいろいろと縁《み》よりを探してみた。だがそれがどうしてもハッキリ分らない。実は父が死んだときは、妾が十歳のときのことであるが、そのとき父についていた身内というのは妾一人だった。しかも生れ故郷を離れて、妾たちは放浪していたその旅先だった。
 前に妾が述べたように、妹とカンカン競べをやったのが最後となって、母と妹とに別れた話をしたが、両人が妾の前から見えなくなって間もなく、父は親類の赤沢さんの伯父さんと大喧嘩をやったことを憶えている。恐らくこの喧嘩は母と妹とが見えなくなった事件と関係のあることだろうとは思うが、詳しいことは知らない。
 と、間もなく妾は父に連れられて故郷を立ち、貨物船に妾ともども乗り組んだ。それから妾は父の死ぬまで四五年の海上生活を送ることになり、船の上で物心がついてきたのであった。
「お母アさま、どうしたの?」
 と、妾はよくこの質問を父にしたことだった。それを云うと、父は急に機嫌を悪くして噛んで吐きだすように云った。
「おッ母アはどこかへ逃げちまったよ。お前が可愛くはないのだろうテ」
「あの立葵の咲いていた分れ家のネ」
「ウン」
「あの中に、あたしの同胞《はらから》がいたわネ。あの子を連れて逃げちゃったのでしょ」
 すると父は首を大きく振って、
「イヤイヤそうじゃないよ。あの子は赤沢の伯父さんが、どっかへ連れていってしまったんだよ。おッ母アは、あの子も可愛くないのだろう」
「じゃお母ア様は、誰が可愛いの」
「そりゃ分らん……赤沢にでも聞いてみるのじゃナ」
 父は苦い顔をして応えた。
「ねえ、お父さま。もとのお家へ帰りましょうよ、ねえ」
「もとのお家? なぜそんなことを云うのだ」
 と、父は俄かに声を荒らげていうのであった。
「もとの土地へ帰っても、もうお家などは無いのじゃ。あんな面白くもないところへ帰ってどうするんか。この船の上がいいじゃないか。じっとして、どんな賑かな港へでもゆける」
 父は故郷を呪ってやまなかった。
「お父さま。あたしたちの故郷は、何というところなの」
「故郷のところかい。おお、お前は小さかったから、よく知らんのじゃなア。イヤ知らなけりゃ知らんでいる方がお前のためじゃ。そんなものは聞かんがいい、聞かんがいい」
 と云って、父は妾が何といって頼んでも、故郷の地名を教えなかった。だから妾は、幼い日の故郷の印象を脳裏《のうり》にかすかに刻んでいるだけで、あの夢幻的な舞台がこの日本国中のどこにあるのやら知らないのであった。
 いまにして思えば、あのとき何とかして故郷の方角でも父から訊《き》きだして置くのであったと、残念でたまらない。なぜなら、その後父は不図《ふと》心変りがして船を下り、妾を連れて諸所|贅沢《ぜいたく》な流浪を始めたが、妾が十歳の秋に、この東京に滞在していたとき、とうとう卒中のために瞬間にコロリと死んでしまった。そしてとうとう妾は永久に故郷の所在を父の口から聞く術《すべ》を失ったのであった。それから後ずっとこの方、故郷はお伽噺《とぎばなし》の画の一頁のように、現実の感じから遠く距《へだた》ってしまったような気がする。
 幸いに父が持って歩いていたトランクの中に、相当多額の遺産を残して置いてくれた。それは主として宝石と黄金製品とであったが、父が海外で求めて溜めていたものであろう。その遺産故に妾を世話する人もあって、こうして東京の地に大きくなることが出来たのであった。いま妾は至極気楽に見える生活をしている。数年前には、話が出来て聟《むこ》をとったけれど、彼は二年ばかりして胸の病気で針金のように痩せて死んでしまった。それからこっち妾は気楽に見える若い有閑未亡人《ゆうかんマダム》の生活をつづけている。再縁の話も実は蒼蠅《うるさ》いほどあるのではあるが、妾は一も二もなくこれをお断りしている。結婚生活なんて、そんなに楽しいものではないからである。それにこの節は、結婚などということよりも、もっともっと気にかかることがあって、その方へすっかり精力を引よせられているので、男のことなんか考えている余裕がないのである。気にかかることというのは、もちろんこれまでにお話したとおり、生死不明の妾のはらからを探しあてることが出来るかどうかということである。そして、妾の名誉のためにも誇りのためにも三人の双生児の謎を解くことができるかどうかということである。
 あの新聞広告を出したその翌日から、妾の住んでいる渋谷羽沢《しぶやはざわ》の邸は俄かに賑かになった。それは
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