かり絶命しているようであった。その枕もとに水を呑んだらしいコップが畳の上にゴロンと転がっていた。
意外な、そして突然の、「海盤車娘」の死だった!
自殺か、他殺? 他殺ならば一体誰が殺したのであろう?
5
妾は「海盤車娘《ひとでむすめ》」の真一がもう死に切っていると知ると、あまりのことに頭脳がボーッとしてしまった。さしあたり先ず何を考え何から手をつけてよいのやら、まるで考えが纏《まとま》らない。唯空しく真一の屍体を眺めているばかりだった。
そのうちに少し気が落着いてきた妾は、
「医者だ! 早く医者を呼ばねばいけない!」
ということに気がついた。そして立ち上った。医者ならばこの男を或いは助けられるかもしれない――と、始めは思ったものの、しかしもしもこの真一がこのまま生き返らなかったらどうなるのだろうと、それが俄かに気懸りになった。この男は妾の寝室で死んでいるのだ。ああ、そして――今この寝室の中には、他人に見せたくないものがいろいろ用意せられてあるのだった。そのようなものを若《も》し他人に発見されたらば、どんなことになるであろう。若い未亡人がそのような秘密の慰安を持っているのは無理ならぬことだと善意に解釈してくれる人ばかりならいいが、そんな人は十人に一人あるかなしであろう。悪くすれば、そんなことから妾の行状を誤解して、なにか妾が真一の死に関係があるようなことを云いだすかも知れない。そんなことがあっては大変である。妾は医者を呼ぶのをちょっと見合わせて、それより前に、この部屋を整頓することに決心した。
妾は、そこらに転がっているものや、押入れの中にある怪しげなものなどを、大急ぎですっかりトランクにつめ、別室へ持ってゆく用意をした。でも真一の死体の方は、寝具にそのまま手をつけずに放置し、疑惑を蒙《こうむ》ることのないようにした。結局他人が見たとき、この離座敷は妾の寝室として用意したものではなく、真一の寝室として用意されてあったように信じさせねばならぬと思った。
それから妾は部屋を飛びだした。そしてお手伝いさんのキヨの部屋へ行って、
「キヨ。大変なことになったから、ちょっと、来ておくれ……」
というとキヨは縫物を抛《ほう》りだして、
「えッ、大変でございますって……。ま、何が大変なのでございますか……」
妾は手短に、いま真一が離座敷で死んでいることを述べ、医者を迎えるまでに片づけておきたいものがあるからちょっと手をお貸しといってキヨを引張っていった。
「キヨ、いいかい。知れるとうるさいから此室《このへや》からトランクだのを搬《はこ》んだことは、誰にも云っちゃいけないよ。いいかい」
と妾は念入りな注意をすることを忘れなかった。キヨは黙って頭を振って同意を示すだけでいつものようにハッキリと返事をしなかった。どうやら真一ののけぞった屍体《したい》を見てから、すっかり恐怖に囚われてしまったものらしい。
丁度そのときのことであった。ジジーンと、突然玄関のベルが鳴った。折が折とて妾は胸を衝《つか》れたようにハッとし、持ちあげていた荷物をドスンと廊下へ落してしまった。
「呀《あ》ッ。キヨ、入れちゃあいけないよ。入れちゃあいけないよ……」
誰だろう?
警官だろうか。妾の胸は早鐘のように躍った。
ジジーン。ベルは再びけたたましく鳴った――もうお仕舞《しま》いだと思った。
「もしもし西村さん。もうお寝み? あたくし速水なんですけれど」
ああ、速水、――なるほど女探偵の速水春子女史の声に違いなかった。ああ、丁度いいところへ、いい人が来てくれたものである。妾は早速《さっそく》女史を家の中に招じ入れた。
「あら奥さま、すみませんです」
といつになく上ずった調子で
「静枝さま、いらっしゃいますか、一緒に出かけるお約束だったんですが、お出にならぬのでお迎えに伺ったんですけれど……」
と女史は云った。ああ、静枝はどうしたのだろう。女史を訪ねてゆくといったが、これは行き違いになったものらしい。
「まア皆さん、どうかなすったの。……お顔の色っちゃ無いですわ」
突然女史はそういって妾とキヨの顔を見較べた。もういけない。もう隠して置くことは出来なかった。咄嗟《とっさ》に妾の決心は定まった。
「速水さん、ちょっと上って下さいな。実は大変なことが出来ちゃって……」
と妾は速水女史の手を取るようにして上にあげた。そこで女史に、この突発事件について、差支えのない範囲の説明をして、善後策を相談した。
「これは厄介なことになりましたのネ」
と女史は現場を検分しながら沈痛な面持をして云った。
「奥さんは、真一さんの死因が何であるとお思いなんでございますか」
さあそれは妾の知ることではなかった。頓死かもしれないと思うが、同時に他殺でない
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