ていたのは蛭間《ひるま》興行部の銀平という親分でしたが、僕は祭礼に集ってくる人たちから大人五銭、小人二銭の木戸をとった代償として、青いカーバイト灯の光の下に、海底と見せた土間の上でのたうちまわり、自分でもゾッとするような『海盤車娘』の踊りや、見せたくない素肌を曝《さら》したり、ときにはお景物《まけ》に濁酒《どぶろく》くさい村の若者に身体を触らせたりしていました。もちろん見物の衆は、僕のことを女だと思っていたのです。本当は僕は立派に男なんです。けれど生れつき血の気のないむっちりとした肉体や、それから親分の云いつけでワザと女の子のように伸ばしていた房々した頭髪などが、僕を娘に見せていたのでしょう」
「海盤車娘って、あんたの身体になにか異ったところでもあるんですか」
と妾はゾクゾクしながら尋ねたのだった。
「それは異状があれば有るといえるのでしょう。でも結局は興行師の無理なこじつけでした。それで見物の衆はインチキ見世物を見せられたことになると思うのですが、実は僕の背の左側に楕円形の大きな瘢痕《きず》があるんです。そして僕がその瘢痕を動かそうとすると、その瘢痕は赤く膨《ふく》れて背中よりも五六分隆起して上下左右思うままにピクピクと動くのです。ですからどうかすると、むかし僕の背中には一本の腕が生えていたのを、その附け根から切断したために、跡が瘢痕になっているようにも見えるのでした。見世物になるときは、そこにゴム製の長い触手をつけ、それを本当の腕であるかのように動かすのでした。つまり僕は二本の脚と三本の腕とを持っているので、丁度《ちょうど》五本の腕の海盤車の化け物だというのです。いかがです。もしお望みでしたら、今此所でその気味の悪い瘢痕をごらんに入れてもようございます」
「まあ、ちょっと待ってちょうだい――」
出されてはたいへんなので、思わず妾は悲鳴にちかい声をあげた。なんといういやらしい男があったものであろう。新聞広告を出したために、たいへんな人間がとびこんできたものであった。肩口のところで紅くなってムクムク膨れ出してくる第三本目の腕の痕など、ちょっと一と目見たい好奇心もおこるけれど、やはり恐ろしかった。白面《しらふ》でもって、そんないやらしいものを見られるものじゃありゃしない。これは随分変態的な男であると呆《あき》れるより外《ほか》なかった。でもどうしたというのであろう。呆れるという以上に、近頃刺戟に飢えているらしい我が身にとって何かしら、気にかかることでもあった。
「それであんたは妾の兄弟だと思っているの」
と、妾は話頭を転じたのだった。
「さあ、それを確かめたくて伺ったのですけれど、とにかく僕は貴女がなにか関係のある人に思われてならないのです」
聞けば聞くほど、興味の深い海盤車娘《ひとでむすめ》の物語ではあったけれど、妾はそれ以上聞いているのに耐えられなかった。それでもういい加減に、この変な男に帰ってもらいたくなった。それで妾は最後にハッキリと云ってやった。
「こうして話を伺っていると、あたしとあんたとは、たいへん身の上が似ているように思いますわよ。でも、あたしとしては、知りたいと思う一番大事なことが、いまのあんたの話では説明されてないように思うのよ。第一それはネ、あたしと双生児のその相手というのは、あんたみたいに男ではなくて、女だと信じているわ。つまりこうなのよ。あたしが小さいとき、その双生児の寝ている座敷牢のようなところへ行ったときに、その子は頭髪に赤いリボンをつけていたのをハッキリ憶えているのよ。赤いリボンをつけているんだから、きっとその子は女に違いないと思うわ」
「しかし僕は、長いこと女の子にされてしまって海盤車娘というやつをやっていました。女といえば女じゃありませんか」
「さあ、それは違うでしょう。あんたが女の子に化けたのは八九歳から後のことでしょう。興行師の手に渡ってから、都合のよい女の子にされちまったんじゃありませんか。あたしの憶えているのはずっと幼い五六歳のころのことです。その頃のあたしはちゃんと父母の手で育てられていたので、男の子を特別に女の子にして育てるというようなことはなかったと思うわ」
「そうでしょうかしら」
と真一は物悲しげに唇を曲げた。
「それにサ、世間をみても双生児には男同志とか女同志とかが多いじゃないこと。そしてさっきからあんたの顔を見ているのだけれど、あんたとあたしとはまるで顔形も違っていれば、身体のつき[#「つき」に傍点]も全然違っているように思うわ。ね、そうでしょう。どこもここも違っているでしょう。強いて似ているところを探すと、身体が痩せていないで肉がボタボタしていることと、それから月の輪のような眉毛と腫《は》れぼったい眼瞼とまアそんなものじゃないこと」
「それだけ似ていれば……」
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