び出して来た若い女がいたがネ、それがなんでも生みの母親とか云っていたが家出している女らしかった。父親というのは徳島の安宅村に住んでいるとか云ったが、その苗字《みょうじ》は……」
と老人は首を曲げて思い出そうと努めているらしかった。妾は銀平老人の話を聞いているうちに真一の語った身の上が想像していたよりも正確であり、妾にとって実に興味のある話であることが分った。
「苗字は安宅というのじゃありませんの」
「イヤ安宅は後になってあっしがつけてやった名前だよ。真公の生れた村の名だからいいと思ったのでネ。さて、本当の苗字はちょっと忘れちまったネ。なんしろ古いことでもありあまり覚える心算もなかったのでね。ひょっとすると、梱《こうり》の底に何か書附けとなって残っているかもしれない」
妾は老人に十分のお礼をするから、その書附を探してくれるように頼んだ。妾はそれから、蛇使いのお八重という女を知っているかと尋ねた。
「ああお八重かネ。あいつも先頃までいたが、可哀想なことをしたよ」
「可哀想なことというと……」
「なに、あの女は真公に惚《ほ》れてやがったが、真公が居なくなると気が変になってしまって、鳴門《なると》の渦の中へ飛びこんでしまったよ」
「まあ、誰か飛びこむところを見たんですの」
「見たというわけじゃないが、岩頭に草履《ぞうり》やいつも生命よりも大事にしていた頭飾りのものなどを並べてあったのを見つけたんだ。それから小屋の中からは、皆に当てた遺書が出て来たが、世を果敢《はかな》んで死ぬると、美しい文字で連《つら》ねてあった。あの子は仲間の噂じゃ、女学校に上っていたことがあるらしいネ」
「死骸は上ってきたんでしょうか」
「さあ、どうかネ。――なにしろあっし達は旅鴉《たびがらす》のことであり、そうそう同じ土地にいつまでゴロゴロして、出奔《しゅっぽん》した奴のことを考えている遑《いとま》がないのでネ。それと鳴門の渦に飛びこめば、まあ死骸の出ることなんざ無いと思った方がいいくらいだよ」
この話では、蛇つかいのお八重はインテリ女らしい。すると、やはりあの静枝はこの蛇つかいのお八重なのであろうか。そこで妾は彼女の素性《すじょう》を訊ねたが、あの娘は二年ほど前に突然一座に転げこんで来たので、前身は知らないと老人は答えた。またそのお八重が申年《さるどし》かどうかも知らなかった。
妾は、果して
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