ここは階段式になっていて、まわりの座席は高く、演壇《えんだん》はまん中にあって、どこよりも低く、そこへあがるには地下道からしなければならなかった。問題の金属球は、この演壇の上におかれてあった。そして周囲には偏光《へんこう》ガラスのついたて[#「ついたて」に傍点]がとりまいていた。これは、中からは外が見えないが、反対に外から中はよく見えるものだった。こんなついたてを用いたわけは、金属球の中から出て来るはずの小杉正吉少年を、あまりたくさんの見物人のためにびっくりさせないための心づかいだった。
カンノ博士とあと五人の人だけがついたての中に入った。そして金属球の扉Aの中にあった注意書のとおり、その底をやぶって電気のプラグを出し、それに指定どおりの交流電気を送りこんだ。それはちょうど午前十時だった。
その翌々日《よくよくじつ》の午前十時に、みんなが手にあせにぎっているうちに、その球は花がひらくように、しずかに四つにわれた。そして中からかわいい少年があらわれた。小杉正吉君だった。七百名の見学者は、思わず手をたたいてしまった。三十年前に冷凍された少年が、今りっぱに生きかえって、あらわれたからだ。この少年は三十年間、氷のようになっていて、年をとることをしなかったのだ。
「待っていましたよ、小杉君。われわれは君を歓迎《かんげい》します」
と、カンノ博士がいった。
「わたしたちがお世話しますから、安心していらっしゃいね」
スミレ女史がいった。
かわりはてた銀座《ぎんざ》
「二十年たったら、世の中がどんなに変っているか、それを見たかったから、こんな冒険《ぼうけん》をしたんです」
と、小杉少年は、まわりの人たちに話した。
「ああ、お話中しつれいですが、じつは二十年じゃなく、あなたが冷凍されてから三十年たっているのですよ。ことしは昭和五十二年なんですからね」
「おやおや、三十年もぼくは睡《ねむ》っていたのですか」
少年の伯父《おじ》のモーリ博士が、この冷凍金属球《れいとうきんぞくきゅう》の設計者《せっけいしゃ》だったそうな。日本アルプスの万年雪を掘ってその中へおとしこんだのも、モーリ博士の考えだった。その博士は二十年後になってこの冷凍球を雪の中から掘りだしてくれる約束になっていたのに、博士はその約束をはたさなかった。いったいどうしたわけであろう。博士は何をしてい
前へ
次へ
全16ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング