。
少年は思いのほか元気であった。例の四人組の外《ほか》に、東京区長カニザワ氏と大学病院長のサクラ女史が少年をとりまいていたが、少年は三十年前の話をいろいろとした。そして三十年後の東京がどんなに変っているか、あまりに変っているのでそれを見物しているうちに気がへんにならないであろうかと心配したりした。
「大丈夫です。あたしがついていますもの。すぐ手あてをしてあげます」
と、女医サクラ博士は、すぐにこたえた。
「ねえ、小杉君。君はまず、はじめにどこを見物したいですか」
と、カンノ博士はきいた。
「そうですね。まず第一に見たいのは、三十年前に、ぼくの住んでいた東京の銀座を見たいですね。同じところを歩いてみたいです」
少年は、なつかしげに銀座の名をいった。
「よろしい。ではすぐ出かけましょう。しかし、あなたは少々おどろくことでしょう」
一同は正吉を連《つ》れて出た。
「ここは見なれないところですが、銀座の近くでしょうか」
「さよう。銀座までは三キロばかりはなれています。しかしすぐですよ、動く道路にのっていけば……」
「なんですって。何にのるのですか」
「動く道路です。そうそう、あなたの住んでいた三十年前には、動く道路はなかったんでしょうね。そのころは電車や自動車ばかりだったんでしょう。今はそんなものは、ほとんどなくなりました。その代りは動く道路がしています。道が動くのです。五本の動く道路が並んでいるのです。昔あったでしょう。ベルトというものがね。あれみたいに動くのです。歩道に平行に五本並んでいて、歩道に一番近いのが時速十キロで動いているもの。次が二十キロ、それから三十キロ、四十キロ、五十キロという風にだんだん早くなります。そしてその動く道路は、どこへ行くか、方向がかいてあるのです。……ほらごらんなさい。これが銀座行きの動く道路ですから」
ようやく外に出た。日光がかがやいていた。それまでは地下にいたことが分った。なつかしい日光、うまい空気! しかし変だ。
「ここはどこですか。みたことがない野原ですね」
「ここが銀座です。あなたの立っているところが、昔の銀座四丁目の辻のあったところです」
「うそでしょう。……おやおや、妙な塔がある。それから土まんじゅうみたいなものが、あちこちにありますね。あれは何ですか」
林と草原の間に、妙にねじれた塔や、低い緑色の鍋をふせたようなものが見える。
「あのまるいものは、住宅の屋上になっています。塔は、原子弾が近づくのを監視している警戒塔です。すべて原子弾を警戒して、こんな銀座風景になったのです。みんな地下に住んでいます。ときどきものずきな者が、こうして地上に出て散歩するくらいです。おどろきましたか」
正吉はたしかにおどろいた。あのにぎやかな銀座風景は、今は全く地上から姿をけしてしまったのだ。
近づく星人《せいじん》
「まだ、戦争をする国があるんですか」
正吉少年は、ふしぎでたまらないという顔つきで、案内人のカニザワ区長にきいた。
「やあ、そのことですがね、まず戦争はもうしないことにきめたようです」
「戦争をするもしないも日本は戦争放棄《せんそうほうき》をしているんだから、日本から戦争をしかけるはずはないんでしょう。もっともこれは今から三十何年もむかしの話でしたがね」
正吉はあのころ新憲法ができて、それには戦争放棄がきめられたことをよくおぼえていた。
「正吉君のいうことはただしいです。しかしですね。その後また大きな戦争がおこりかけましてね――もちろん日本は関係がないのですがね――そのために、おびただしい原子爆弾が用意されました。そのとき世界の学者が集って組織している連合科学協会というのがあって、そこから大警告を出したのです。それは二つの重大なことがらでした」
「どういうんですか、その重大警告というのは……」
「その一つはですね、いま戦争をはじめようとする両国が用意したおびただしい原子爆弾が、もしほんとうに使用されたときには、その破壊力はとてもすごいものであって、そのためにわれらの住んでいる地球にひびが入って、やがていくつかに割れてしまうであろう。そんなことがあっては、われわれ人間はもちろん地球上の生物はまもなく死に絶えるだろう。だから、そういう危険な戦争は中止すべきである――というのです」
カニザワ東京区長は、そう語りながら、ハンカチーフを出して、顔の汗をぬぐった。おそらく氏は、その戦争|勃発《ぼっぱつ》一歩前の息づまるような恐怖を、今またおもいだしたからであろう。
「で、戦争は起ったのですか、それとも……」
「もう一つ重大なことがらは」
と区長は正吉の質問にはこたえず、さっきの続きを話した。
「連合科学協会員は最近天空においておどろくべき観測をした。それはどういうことで
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