命令されている。正吉少年が乗りこんだ装甲車は、一号車であった。いよいよ出かけるときになって、隊長マルモ・ケン氏が乗りこんだ。この一号車長は、カンノ博士だった。
「出発」
 号令と共に、空気服を着ている艇員が、三重戸の一つを、電気の力であけた。空気がもれないように、戸のあわせ目が複雑な構造になっていた。一号車は中へ進む。すると次の戸があった。
 一の戸が閉まる。二の戸が開く。
 一号車は、またその中へはいる。すると三の戸につきあたりそうになった。
 その三の戸も、開かれた。その外は、まぶしい月世界の風景があった。
 一号車は、音もなく、外へゆらゆらと出て行く。そのあとに三の戸が閉った。
 一つの装甲車が外に出るまでに、このようなことが数回くりかえされる。
「どうだね、正吉君。月の世界は、あまり気持のいいところじゃなかろう」
 カンノ博士は正吉にいった。
 正吉は小窓から外を熱心にながめていたが、
「墓場《はかば》に日があたっているような風景ですね」
 と、いった。
「ははは。おもしろいことをいう。とにかく月世界には、空気が全《まった》くないから、かすむということがない。近くの景色も、遠方の景色も、どっちも同じにはっきり見えるんだ。だから景色にやわらか味というものがない。春雨《はるさめ》にかすむとか、朝霧《あさぎり》の中から舟が出てくるなどという風景は、この世界には見えない」
 なるほど、博士のいうとおりだ。
「先生、いまはなんですか、夜なんですか」
「君はどっちだと思う」
「それが今、分らなくなったんです。山脈がまぶしく輝いていますね。空はまっくらです。地球の満月の夜の景色に似ているけれど、空気のないところでは、どこでも空はまっくらなんでしょう。するとあのまぶしく光る山脈は、太陽の光で照らされているのか、それとも月の光で照らされているのか、どっちだか分らない……」
「待ちたまえ、正吉君。月の光で照《て》らされているというのは、へんだろう。だってここは月の上なんだからね」
「ああ、そうか。これはしくじった」
 と正吉は声をたてて笑った。
「月の光じゃなくて、地球の光というのが正しいですね。つまりわれわれが今いる月は、太陽か地球かに照らされてるんでしょう」
「そのとおりだ。そこでさっきのだが、今は昼なんだ。だから山脈をまぶしくしているのは太陽なんだ」
「えッ、やっぱりこれが月世界の昼間なんですか。へんてこですね」
 正吉には、いろいろと、めずらしく感ずることばかりだった。
 これは後の出来事であるが、正吉は太陽がさっぱり西の山へ沈まないので、ふしぎに思って、カンノ博士にきいた。すると博士は笑って、
「二十四時間待っても、太陽は西の山へは沈まないよ、月世界では二週間ぶっつづけに昼間なんだ。そして次の二週間が夜なんだ。夜はこわいぞ。ものすごくて、さびしいよ」
 と説明してきかせた。
 とにかく勝手がちがうことばかりだ。
 もう一つ、正吉が面くらった話をしよう。それは地球を見たのだ。地球は、地球で見る満月の十倍以上も大きい明るい球《きゅう》に見えたが、満月と同じ形ではなく、かたわれ月ぐらいのところだった。つまり一部分が、月のために影になっているのだ。
 その地球が、さっぱり動かないのであった。同じ方向の、同じ高さの中天に輝いていて、そこにいつまでもじっとしているのである。地球から見た月はよく動くから、月から見た地球もさぞ走るだろうと思ったが、そうでないのだ。
 ただ、満月――いや満地になったり、三日月――ではない三日地になったり、日に日に影の大ききがちがっていくだけだった。
「ふーン。どうも気がへんになりそうだ、しょうがない」
 正吉は、そういって、頭を抱《かか》えることが初めのうちはよくあった。
 料理番のキンちゃんと来たら、その理屈がさっぱりのみこめないので、正吉ほどにおどろいていなかったようである。
 こんな話は後の話だ。さて九台の装甲車は、みんなロケットの外に出た。
 無電の命令が伝えられる。
 と、一号車を先頭にして、九台の装甲車は月の上を走り出した。どこへ行くのであろうか。
 それはともかく、こうして走っていると、地球の、どこかの沙漠を夜、走っているのと大して気分がちがわない。


   意外な発見


 二時間ばかり走って、装甲車は停った。
 前に、ひどく高い山が見える。山頂《さんちょう》がきらきらと輝いている。
「どうするんですか。下りるんでしょうね」
 正吉がカンノ博士にきいた。
 同じ車に乗っている他の人たちの中には、空気服を着はじめた者もあるから、正吉は、ははあと察《さっ》したのである。
「下りることは下りるが、その前に隕石がとんでいないかどうかをレーダーで調べておく必要がある。今、あそこでやっているのが、そうだ」

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