空気服だ。かぶと虫[#「かぶと虫」に傍点]の化けものになるんだ。やっかいだな」
「やっかいだって。でも、空気ににげられちまって死ぬよりはましだろう」
「もちろん死ぬよりはましさ。だが、空気服はきゅうくつだから、ぼくはきらいさ」
 空気服というのは、身体のすっぽりはいる潜水服みたいなもので、あたまに潜水兜《せんすいかぶと》に似たかぶとをかぶる。しかし空気服についているかぶとは、前半分ほど透明だ。
 空気服の中には地球の上と同じほどの濃《こ》さの空気がはいっている。そしてたえず空気をきれいにし、不足の酸素を補給する。空気服は特製の人造ゴムまたは軽硬金属板《けいこうきんぞくばん》で出来ていて、外界と服の中とは、完全に気密――つまり空気が逃げる穴や隙間《すきま》がない。
 それからこの空気服は、かなりの圧力にたえるように、しっかりした材料で作られている。
 空気服の特長は、もっとある。月世界は非常に寒い。そこで空気服の中は、いつも摂氏《せっし》十八度に温められてある。
 まだ仕掛がある。空気のない月世界などでは、音を出すことができない。音は空気の波であるから、空気がなければ音は出ないわけだ。そうすると、人と人とは、声で話をすることができない。しかしおたがいに思うことを、相手に通ずることができないと困る。そこで空気服の附属品として無線電話機がとりつけてある。くわしくいうと極超短波《きょくちょうたんぱ》を使う無線電話機で、耳のところに小型の高声器《こうせいき》があり、のどの両脇にマイクロホンがあたっていて、空気服を着ている人は空気服の中で普通にしゃべれば、それがマイクロホンと器械を通じて電波となり、他の人々の器械に感じ、耳のそばの高声器から、ことばとして聞えるのであった。
 空気服には、この外に、かんたんな食事をとり、また水や牛乳やレモン水などをのむ仕掛が、かぶとの内側にとりつけてあり、その外いろいろおもしろい仕掛もあるが、くわしく話しているときりがないから、このへんにしておこう。
 そういう便利で重宝《ちょうほう》な空気服を、乗組員の全部がつけろという命令である。これは着陸のとき、万一艇が破損して、艇内の空気が外にもれてしまうようなことがあっても、この空気服を着ていれば平気でいられる。そればかりか、空気服をつけている者は、破損の箇所《かしょ》を応急修理するために活動ができる。
前へ 次へ
全73ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング