頭がぐしゃりとやられたんでは……」
「ひとりで歩く場合には鋼鉄《こうてつ》のかぶとをかぶって歩く。中くらいの隕石ではあたってもこのかぶとでふせぐことができる」
「ああ、そんなものも用意してあるんですね」
「そうだ。それに、本艇には隕石を警戒している隕石探知器というものがあって、隕石が降ってくると、千キロメートルの彼方で早くもそれを感知して電波で警報を発する。この警報はかぶとをかぶって歩いている連中にも受信できるようになっている。だからこの警報を聞いたら、大急ぎで、反対の側の山かげや地隙《ちげき》にかくれるとか、または本艇へかけもどって来れば、一そう安全だ。だから君たち、心配はいらないんだよ」
 カコ技師の話は、はじめて月世界へ行く連中を安心させるいい話だった。
 だが、月世界と地球とは、いろいろなところにおいて様子がたいへんかわっているので、まだまだ面くらうことがたくさんあるはずであった。
 やがていよいよ、月世界に着陸する時間が来た。
 艇は、いま向きをかえ、月面と平行にとんでいる。雲の海附近にかなり広い沙漠帯《さばくたい》があってそこが着陸に便利だと知れていた。
 その着陸コースに三度目にはいった時に、艇は前部からガスの逆噴射《ぎゃくふんしゃ》を開始し、だんだん速度をゆるめると共に浮力をつけた。そこらは操縦のお手ぎわだった。そしてついに見事に雲の海に着陸した。
 もし下手な着陸をやれば、月面に衝突して、たちまち艇は一個の火の塊《かたまり》となって、全員もろとも消えてなくなるであろう。
「よかった。おめでとう」
「艇長。おめでとう」
 艇内には、よろこびのことばが飛んだ。
 正吉は、さっきから窓によって、はじめて見る月世界の景色に魂《たましい》をうばわれている。
(ああ、ずいぶんすごいところだなあ。高い山、くらい影、木も草もない。これがほんとの死の世界だ。空はまっくらだ。あそこに輝いているのは太陽らしい。ここは雲の海だというが、水|一滴《いってき》ない。こんなところに一週間も暮したら、気がへんになって死にたくなるだろうなあ)
 だが正吉は、やがてこの死の国のような月世界で、ふしぎな者にめぐりあい、一大事件の中にまきこまれるなどとは、夢にも思っていなかった。


   空気服《くうきふく》


「全員空気服をつけよ」
 艇長からの命令が、各室へつたわった。
「さあ、
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