つ》の倍くらいの大きさに見えるようになった。
 しかし、火星の輪郭《りんかく》も、ぼんやりとしている。全体が赤橙《だいだい》色にぬられていて、なんだかうす汚い。黒緑色の線が、網《あみ》をかぶったように走りまわっているのも見える。極のところには白冠《はくかん》が、ひときわ明るく光っている。
 まちがいなく火星は、指呼《しこ》の間に見えているのだった。
 艇長室では、幹部の間に、火星のうわさがとび交《か》っている。
「モウリ博士。あなたは火星へ行かれたことがありますか」
「いや、こんどがはじめてですよ。しかしかねがね行ってみたくて、研究はしていましたよ。火星は、実に興味の深い星ですね」
「そうですとも。昔からさわがれ、そして今も一番人気のある星ですね」
「マルモさん。あなたは、火星へ何回ぐらい行ったんですかい」
「行ったというと、上陸したという意味ですか。それなら、二回だけです。そして、どっちの場合も大失敗でした。上陸する間もなく、生命からがら離陸しなくてはなりませんでした。火星は全く苦手《にがて》です」
「あんたでも、そうなのかね。これは意外だ」
「だから今度は、どうしてもうまく上陸して、火星人とも十分に話し合いたいと思います」
「火星人と話し合う。ふーん、そうかね」
 モウリ博士は、大きく目をむいた。


   宇宙塵《うちゅうじん》


「通信がさっぱりだめになったんですって」
 正吉は、そのうわさを聞くと、心配になって無電室へ行き局長のスミレ女史《じょし》にあって様子をたずねた。
「ええ、その原因が分かりましたから、もう安心しています」
 スミレ局長は朗《ほが》らかにいった。
「すると、通信能力はもう前のように回復したんですか」
「さっぱりだめなのよ」
 通信がうまくできないのに、朗らかに笑っているスミレ局長の気持ちが、正吉にはよくのみこめなかった。
「それじゃ困るですね」
「でも仕方がないのよ。あたしたちの力ではどうにもならないことなんです。火星のまわりには、宇宙塵《うちゅうじん》がたくさんあつまっている層があるんです。本艇はいまその中を抜けているから、電波が宇宙塵にじゃまをされて、通信がうまくいかないのです」
 局長の説明で、正吉は「なるほど、そんなことか」と、はじめて分かった。
「宇宙塵て、正吉さんは知っているでしょう」
「宇宙にたまっている塵《ちり》のこ
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