しんくう》ののち、火星に達する計算であるが、そのときは火星が地球や月に対して一番近くなっているときで、火星と地球との距離は五千六百万キロほどになっているはずだった。
だから月世界を離れたロケット新月号は、当時の火星の距離七千万キロを飛ばなくてもすむのだった。つまり三ヶ月のうちに、火星の方が自分でこっちへ近づいてくれるから、それだけ新月号の方では行程《こうてい》を短縮《たんしゅく》することができるわけだった。
貴重なる資源ルナビゥムを積みこむことが出来たので、新月号のスピードは予定のとおりにあがり、火星へ達《へ》する日も、予定日を狂わないだろうと思われた。
万事が好調にいっている。
一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、次の第三ヶ月目にはいった。
新月号と地球との間には、たえず通信が交換されており、テレビジョンも受けたり、こっちから送ったりしていた。だが、この退屈《たいくつ》で平穏《へいおん》な暗黒《あんこく》の空の旅は、地球の方ではあまり歓迎しなかった。
それにひきかえ、乗組員たちは、地球からの通信やラジオ放送やテレビジョンを、出来るだけ多く受信して、聞いたり見たりしたがった。むりもないことであった。もうほんとうに、いつも同じ新月号の中に起き伏しし、窓から外をのぞけば、いつも同じようにまっくらな空にダイヤモンドをちりばめたように星が光っているのであった。全くこの単調な生活には、どんな辛抱づよい人間でも、がまんがならなくなるのだ。
そのころ、この唯一《ゆいつ》の、そして最も大きな慰《なぐさ》めである通信がどうも今までのように、工合よくはこばなくなった。
通信局の連中は、ようやく仕事の種が発生したので、退屈からのがれると、大よろこびであった。
だが、通信の不調の原因は、よく分からなかった。これが地球の上なら、磁気嵐《じきあらし》のせいであるとか、デリンジャー現象だとかいえる種類の不調だったが、こんな宇宙の一角で、そうした原因でこんな不調が起るはずはなかった。
「これは重大だ。ひょっとすると、一大|椿事発生《ちんじはっせい》の先触《さきぶれ》かもしれない。みなさん、ゆだんなく気をつけて下さい」
通信局長のスミレ女史は、とうとう全局員に対し、警戒を命じた。
計算によると、あと二週間で、火星に達するあたりまで、新月号は近づいた。
火星の姿が、地球から見る満月《まんげ
前へ
次へ
全73ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング