大きい彗星《すいせい》がすれちがった。そのとき月の表面へ、はげしく彗星の一部分が衝突した。そのとき、たくさんの月人が死んだ。彗星が去った。そのときに、月世界の表面から空気がなくなったという話だ。これは月人が子孫にいいつたえている、いわゆる伝説なんだ。だが、これはたしかにほんとうのことらしく思われる」
モウリ博士の話は、いよいよ奇怪味を増してくる。
「月人は、今いろいろな方法でもって、地中で空気を製造している。われわれ地球人が、水道の栓《せん》をひねって、水を出してのむように、月人たちは、自分の家――それはもちろん地下の穴倉式《あなぐらしき》のものなんだが、そこに住んでいて、部屋にひいてある管から、必要のときに空気を出して吸って生きている。そしてさっき話したように、空気が割れ目などを通って地面の外へにげることをおそれ、地表と地中との交通路は、空気をなるべく洩《も》らさないように、厳重な仕掛かりでふせいである」
「なるほど。それでさっきのトンネルや回転扉の話とつづくんですね」
一座は感動して、みんな溜息《ためいき》をついた。有名な探検隊長として知られているマルモ・ケンさえ、モウリ老博士がしたほどの深い月人の秘密については、今まで知らなかったのだ。
「そうだ。さっき話したトンネルと回転扉の数珠《じゅず》つなぎだ。第一の回転扉の次に、またトンネルがあり、その先に、また第二の回転扉があるという風に、少なくとも第五の回転扉を経《へ》なければ、月人の居住区へは達しないのだ。わたしは、その居住区に永い間暮していたんだ」
「おお、モウリ博士」
「月人は空気をあまりに大切にするあまり、月世界の表面へ出ることも、たいへんいやがる。だから、知能は、われら地球人間よりもすぐれているところがあるし、地球にない貴重な資源を豊富に持っているのに、彼らは一台の飛行機さえ持っていないんだ。だからこのロケットが、月世界を離れて飛びだしさえすれば、あとは月人に追いかけられて危険な目にあうというようなことはないわけだ」
「ああ、そうですか。それを聞いて、たいへん安心しました」
マルモ隊長も、はじめてにっこり笑った。
見え出した火星
火星へ、火星へ――
ずんずんとロケット新月号は、大宇宙を進んで行く。
月世界を離れたとき、火星への距離はだいたい七千万キロだった。
三ヶ月ほどの進空《
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