、それは想像に委せる。私は時子を砂の上につき仆《たお》して逃げたのである。其のとき、時子は発作《ほっさ》に襲われて激しく咳《せき》こみながら叫んだ言葉がある。それは「デルタ、デルタ」というのだ。其のさきは咳がはげしくなったのでどうしても言えなかったのだろう。私はそれでも逃げた。しかし彼女が別れのときに苦しい息の下から言わんとした意味はよく私にわかっていた。
デルタというのは君も知っている通り「三角洲[#「三角洲」に傍点]」という事だ。私達はこの会合の場所である佃島が三角洲であるところから、「デルタ」と日頃呼んでいた。
時子の言いたいことは私の心の静まったとき今一度このデルタへ来て呉れ、思い直して是非来てくれということを言いたかったのだ。
しかし私は遂に行かなかった。私はもっと無邪気な少女を恋の相手に欲しかったのだ。
私は時子が翌年死んだことを聞いた。それ以来私は何故か非常に憂鬱《ゆううつ》になってしまった。いろいろの名医に診てもらったがどうもはっきりせず、身体はやせる一方だ。私は此の年まで結婚は遂にしなかった。いやこれにも時子の呪いが被っているのかも知れない。
ところが先月の
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