、身を屈めて例の黒い三角形を取上げると、クルリと後へ向いて再び門の中に消えてしまったのです。それから五分たっても十分たっても其の姿は現われませんでした。
 私は思いの外にうまく行った事を喜びました。医科の助教授連が学用モルモットを殺すときの気もちに似た残虐的《ざんぎゃくてき》快感に燃え立ったのでした。細田氏が十分間|経《た》っても姿を現わさないのは恐らく氏が自分の室にかえりあの呪いの三角形を見て前日のことを思い浮べ外へ出る気にならないのだろうと思いました。あの分では細田氏は前日の三角定規も確かに認めたのに相違あるまいという事が考えられもしました。あの尖《ほそ》い神経の持ち主が、ここまで来ればもう一寸やそっとでは、此の三角形の脅迫観念から退れることはできまいという事も思い合わせることが出来ました。
 科学に縁遠《えんどお》い人間に、三角形に対する恐怖を抱かせることの出来た私は、もうそれで所信の点を充分確かめ得たわけですから、此所で手を引くのが当り前でした。しかしいつの間にやら私の興味はこういう概念的《がいねんてき》なことよりも、細田氏という一個の人間を操《あやつ》ることの現実的興味に変じ
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