殺人の涯
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)尚《なお》
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「とうとう女房を殺してしまった」
 私は尚《なお》も液体を掻《か》き廻しながら、独り言を云った。
 大きな金属製の桶《おけ》に、その白い液体が入っていた。桶の下は電熱で温められている。ちょっとでも、手を憩《やす》める遑《いとま》はない。白い液体は絶えずグルグルと渦を巻いて掻き廻わされていなければならない。液体は白くなって来たが、もっともっと白くならなければならないのだ。まだまだ掻き廻わし方が足りないのに違いない。私は落ちかかる白い実験衣の袖《そで》を、また肘《ひじ》の上まで捲くりあげた。
 この白い液体の中には、実は女房の屍体《したい》が溶けこんでいるのだ。或る三つの薬品を、或る割合に配合し、或る濃度に薄めて、或る温度に保って置くと、一番人間の身体が溶けやすくなる。これは多年私が苦心して得たところの研究であった。
 しかし死体を抛《ほう》りこんだとて、砂糖が湯に溶けるようにズルズルと簡単に溶けては呉《く》れない。相当の時間が必要である。そして充分なる注意と忍耐とが要《い》った。例えば
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