、屍体が溶けて濃度が或る個所だけ濃くなり過ぎると、直ぐその部分が変質して不溶解性《ふようかいせい》の新成物《しんせいぶつ》を生ずる。そこに攪拌《かくはん》の六ヶ敷《むずかし》い手際《てぎわ》が入用だ。
「だが、女房を殺すまでのことは無かった――」
 私は先刻から、払いのけても又泉のように湧き上ってくる後悔の念をどうすることも出来なくなった。殺すまでは、どうしても殺さねばいられない女房だったが、こうやって殺してしまうと、殺すほどのことはなかったのだという気がする。その上この屍体の始末の手数のかかることはどうだ。警官が嗅《か》ぎつけてやってくるまでには指一本残らず、溶かしてしまわねばならない。気のせいか液体はだんだんと白くなって来たようだ。いよいよ充分に溶けてきたものらしい。
 そのとき、ホトホトと入口をノックする者があった。
「ちょっと開けて下さい」
 私はチェッと舌打ちをした。
(警官だナ。――)
 もうホンの少しというところだ。今開けては困る。黙っていよう。
 私は液体を掻き廻す手を早めた。額から汗がボタボタと落ちて、桶の中に入る。私は顔を横に曲げた。
「どうして開けてくれないのです
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