はなかったのに、とうとう殺してしまった」
私は尚も叫んでいた。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
女の笑う声がする。おお、あれはたしかに死んだ女房の笑い声だ!
声のする方を見ると、いつの間にか女房が私と肩を並べて歩いている。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
と女房は笑いつづける。
私は急に恥かしくなって来た。女房は生きていたのだ。それだのに、「私は女房を殺した」と怒鳴《どな》っていたのだ。そして人もあろうに、女房の奴にすっかり聴かれてしまった。
「まあ、よかった」と私は恥《はじ》も外聞《がいぶん》も忘れて女房に話しかけた。「私は、お前を殺したとばかり思っていたよ。お前は生きていて呉れて、こんなに嬉しいことは無い」
「何を云ってんのよオ」と女房はニヤリと笑った。「あんたはあたしを殺したに違いないわ」
「威《おどか》しっこなしサ。現在お前は私の傍にこうやって肩を並べて歩いているじゃないか」
そうは云ったものの、あの深《ふ》か情《なさけ》の女房が又しても傍《そば》にへばりついているのかと思うと、私は五体の力が一時に抜けてしまうように感じたのだった。
「あんたは随分お莫迦《ばか》さんネ」女房はおかしそうに笑
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