天井のすぐ下に水づかりになっている。八木君がそうなるすこし前から、ガラス天井の上では、ひとりの人物が活躍していた。
その人物は、両足を重いくさりでつながれていた。そしてそのくさりの一端から、また別のくさりがのびて、太い鉄の柱をがっちりとつかんでいた。
その人物は、昔西洋の僧侶《そうりょ》が着ていたようなだぶだぶの服を着ていたが、すそは破れて、膝のすぐ下までしかなかった。そしてやせこけて骨と皮ばかりになった足首を、鉄のくさりがじゃけんに巻いていた。その人物は、顔にお面をかぶっていた。頭の上から口のところまで、まっくろになった重そうなお面をかぶっていた。あごから下はお面はなかったが、そのかわりに、とうもろこしのようなひげがもじゃもじゃと、のび放題になっていた。
そういう怪人物が、ガラス天井の上で、さっきから活躍していたのだ。
彼は見かけにあわない力を、そのかまきりのようにやせさらばえた身体からひねり出し、鉄の棒をてこにつかって、大きな土台石《どだいいし》を動かそうとして、一所けんめいやった。
その土台石の奥には、すでに大きな穴が用意されてあった。それは多分この鉄のくさりにつながれた怪しい囚人が、ひまにまかせて、これまでに掘っておいたものであろう。土台石の一個が、ついにくるりと一回転して、奥の穴へころがりこんだ。
と、どっと濁水《だくすい》が侵入してきた。
怪人は鉄の棒を放りだして、ガラス天井に腹ばいになると、岩がなくなって出来た穴の中へ、細い長い腕をつっこんだ。
間もなく、怪人は、
「おおッ」
と、うなった。そして全身の力をこめて、穴から何か引っぱりだした。もちろんそれは八木少年の身体であった。
少年のずぶぬれになった上半身が、穴から出て来た。
怪人は、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、両手をつかって少年の身体を、なおも引っぱり出した。
それは成功した。
八木少年は、意識をうしなったままではあるが、濁水から完全に救いだされ、ガラス天井の上にびしょぬれの身体を横たえた。
怪人は、よほどつかれたと見え、八木少年のそばにどんと尻餅《しりもち》をつき、はっはっと大きく呼吸をはずませた。そのとき、怪人は苦しい呼吸をつくために、顔をあげた。すると彼が顔につけているお面がはじめてはっきり見えた。それは見るからにおそろしい死神のお面であった。まわりを黒い布でつつみ、その奥に、半ば骸骨《がいこつ》になった死神の顔がのぞいている――というマスクであった。
何人であろうか、こんなおそろしいお面をつけて、こんなところに鉄のくさりでつながれているのは。
かなり永い間、怪人は呼吸をはずませ、肩を波のように上下し、指でのどをかきむしり、苦しみつづけていた。そのうちに、ようやくおさまったものと見え、ふらふらと立ち上った。そして鉄の棒をとって、土台石を動しはじめた。元のように土台石を直そうというのであろう。
八木君は、溺死《できし》したのではなかろうか。土台石を元へもどすよりも、早く八木君をかいほうしてもらいたいと、この際、誰でも思うであろう。ところが怪人は、そんなことは捨《す》ておいて、土台石を元のとおりに直すことに夢中になっているように見えた。そして、その間にも、ときどきうしろをふりかえって、このガラス廊下の入り口の方を気にしていた。
語る怪囚人《かいしゅうじん》
怪囚人は、一息いれると、八木少年のそばににじりより、気を失っている少年をよびさまそうとつとめた。
少年は、やっと気がついた。そしてきょろきょろと、あたりを見まわした。
「あ、あなたは?」
怪囚人は、しっかりと少年を抱《かか》えていて、はなさなかった。そして仮面をかぶった自分の顔を見られまいと、顔をそっぽに向けていた。
「もう心配ありません。きみの生命、助かりました」
怪囚人は聞きにくいことばで、少年をなぐさめた。
「ああ、そうだった、ぼくが地下道の中で溺死《できし》するとき、あなたはぼくを助けてくだすったのですね。ありがとう、ありがとう」
「そうです。私、君を助けました。君はかわいそうでありました。私は自分のためにこしらえてあった、脱走《だっそう》の穴を利用して、きみを救いました」
「えっ、脱走ですって、あなたは誰です」
八木少年は相手の腕をおしのけて、相手をよく見ようとした。怪囚人は、もはや自分の姿を見られることをさけようとはしなかった。
「おお、あなたは……」
八木少年はびっくりして、うしろへとびのいた。おそろしい顔だ、太い鉄鎖《てっさ》でつながれている囚人だ。極悪《ごくあく》の人間なのであろう。なんというおそろしいことだ。
だが、次の瞬間、八木少年は前へとび出すと、死神の面をかぶった囚人の膝に、がばとすがりついた。そして涙と共に、おわびをい
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