、もう一度、一番奥の重い鉄扉《てっぴ》のところへいってみた。
いろいろやってみたが、扉はびくともしない。たたけば、こっちの手が痛くなるだけであった。八木君は、あきらめた。
ただこのとき、彼は一つの発見をした。扉の上に、うき彫《ぼ》りになって、牡牛《おうし》がねそべり、そしてその牡牛はこっちを向いて、長い舌を出しているのが、とりついていることだった。八木君は、むりをして、扉の一角に足をかけて、扉の上までのぼってみたのである。
この牡牛のうき彫りが、単なる装飾《そうしょく》であるのか、それとも何か外に意味があるのか、そのとき八木君には答を出している余裕《よゆう》がなかった。
次の手は、ガラス天井《てんじょう》を破ることであった。ガラスはそうとう厚いようであるから、ジャック・ナイフしか持っていない彼に、はたして破れるかどうか、見込《みこ》みはうすかった。
このとき水かさはまして、八木君の乳のあたりから下をひたしていた。いやな思いである。もう五十センチも水かさが増せば、いやでも土左衛門だ。働くのは今のうちだ。
八木君は、ガラス天井の下で、かたわらの土壁へジャック・ナイフをたてて、土を掘りだし、足場を作りはじめた。つまり土壁に、段をつけるのである。そしてその段をのぼって、ガラス天井へ近づこうという考えであった。これはうまい考えであるように見えて、じつはなかなか困難なことであった。せっかく一段を掘り、次にその上の第二段目を掘っていると、水かさがましてきて、はじめの第一段をひたしてしまう。
これは残念と、八木君はそれへ足をかけようとしたが、水がはねて段はずるずるにぬれ、八木君がそれへ上ろうとして力をいれると、とたんに足がすべって、どぶんとその身は濁水《だくすい》の中に落ちてしまった。そして彼は、いやというほど泥水《どろみず》をのまされた。
時間は迫る。
「だんだん苦しくなるぞ、それよりか、泥水の中にすっぽりつかって、早く溺死してしまった方がどんなに楽かしれないよ。君、早く死んだがいいよ」
死神の声であろう。そのことばは、早く楽になるから溺死しなさいと誘惑《ゆうわく》している。
「いやだ、死ぬまでに、まだまだやってみることがあるんだ。お気の毒さまねえ、死神君」
八木君は元気をふるい起して、もう一度あらためて、土の壁に段をきりこんでいった。
やがてそれはできた、彼は、こんどは失敗しないで、段の上へよじのぼることができた。そしてガラス天井に、はじめて手をつけた。それはひやりとして、思ったよりは、ずっと厚かった。
失望するのは、死のちょっと手前のことにして、八木君はさっそくジャック・ナイフでガラス天井をつきあげた。
きいーッと、いやな音がして、ナイフはガラスの表面をつるりとすべった。ガラスの方がナイフより硬いのだ。
ナイフの柄《え》の方をかえし、それを金づちがわりにして、下から、がんがんとたたいてみた。ガラス天井は、そのままだった。ナイフの柄についていた角材がかけた。これもだめだ。
「まだもう一つ、やってみることがある。ガラス天井の端《はし》まで掘ることだ。そこまで掘れば、上にあがる穴ができるかもしれない」
八木君は、最後の望みをこのことにかけていた。
ガラス天井が土壁にささえられている。そこを横に掘っていくのだ。彼は、刻々にましてくる水面をにらみながら、ジャック・ナイフの刃《やいば》を水平にして、ガラス天井の下を横に深くえぐっていった。ナイフの刃とガラスがいきおいよくぶつかって、赤い火花が見えることもあった。そしてガラス天井の下は、だんだん奥深く掘れ、八木君のからだが横にはいれるほどになった。
八木君はそれをよろこんだ。
が、すぐ次に絶望が待っていた。
というのは、土の壁の奥が、はっしと音がして、そこにあらわれたのは巨大なる岩であった。その岩を掘ることはできない。最後の希望をかけて、彼はガラス天井の端を上へおしあげてみた。だが重いガラス天井は、びくともしなかった。
「ああ、もうだめか」
八木君ががっかりして頭をさげると、頭は濁水《だくすい》の中にざぶりとつかり、彼はあわてて頭をあげた。するとごていねいに、頭をガラス天井にいやというほどぶつけてしまった。
水は、あと十センチばかりで天井につくんだ。彼の生命《せいめい》もついにきわまった。
それまではりつめていた気持が、絶望と共にいっぺんにゆるんだ。八木君は意識をうしない、からだはぐにゃりとなって水の中に沈んだ。
もう、おしまいだ。
覆面の囚人《しゅうじん》
だが、もし他の人がいて、この場の光景をもうすこし眺めていたとしたら、その人は、意外なる出来事にぶつかって、大きなおどろきにうたれたことであろう。
八木君は、もはや死体のようになってガラス
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