こたわっているという例のものすごい光景を見るのではないかと思っていた。
 ところが、その予想ははずれた。
 少年たちが見たものは、古ぼけた洋風の実験室らしいものだった。
 いくつかの台があり、その上にいろいろの形をしたレトルトやビーカーや蛇管《じゃかん》が、それぞれの架台の上にのっている。たくさんの壜《びん》がある。
 古い型の摩擦電気《まさつでんき》を起す発電機らしいものもある。炉《ろ》らしいものもある。ふいごが三つもころがっている。
 棚《たな》には、本や薬品の壜らしいものも並んでいる。椅子が一つ横たおしになっている。他の腰掛《こしかけ》は、ちゃんとしている。
 壁に、額縁《がくぶち》が一つ、ひんまがって掛っているが、その中には、かんじんの絵がはいっていなかった。いや、はいっていないわけではない。そこにはいっていた油絵らしいものが、切りとってあった。それは肖像画《しょうぞうが》らしかった。

   八木君目ざめる

 話は、八木のことにもどる。
 八木君は、空井戸《からいど》の中にひとりぽっちとなり、心細くなっていた。空井戸の底から上を見上げたとき、井戸の上あたりで、鬼火《おにび》が二つおどっているのを見て、びっくりした。そこまでの話は、前にしておいた。
 八木君は、肝玉《きもたま》のすわっている方であった。けれども、青白い鬼火がふわふわと宙におどっているのをこんな場所でしかも心細いひとりぽっちで見物したんでは、あまりいい気持ではない。
「あああァ……」
 と、八木君は声をあげて、地下道をまた奥の方へ逃げこんだ。
 そこで彼は小さくなって、土の壁にもたれてかがんでいた。恐ろしさに気がつかれ、その上に、ここへはいってからの活動のつかれも一時に出て来て、八木君はいつとも知らず睡りこんでしまった。
 それからどのくらい時間がたったか、八木君は知らなかった。
 夢の中に、カーン、カーン、と天主教会《てんしゅきょうかい》の鐘がなるひびきを聞いた。大司教《だいしきょう》さまが、盛装《せいそう》をしてしずしずとあらわれた。と、下から清水がこんこんわき出して……。
「あッ、水が出てきた」
 八木君は目をさました。
 気がついてみると、あたりは水だらけになっている。お尻《しり》も足も、水づかりだ。
 なぜ急に、こんなに水が出てきたのか。
 八木君は、立ち上った。そして足もとに注意し、耳をすました。水は、だんだんふえて来る様子だ。すこしはなれたところで、どうどうと音がしている。それから水がわいて来るものらしい。
「このままでは、溺《おぼ》れてしまう、なんとかして、水の出るのをとめることはできないかしらん」
 八木君は、この期《ご》におよんでも、あわてることなく、冷静を保《たも》っていた。
 ざぶざぶと水をわたって、八木君は、水のわいてくると思われるところへいってみた。
 あいにく、まっくらで分らない。
 彼が持っていた懐中電灯は、いつの間にか水づかりとなって、ボタンをおしてもあかりがつかなかった。
 そのくらやみの中で、八木君は足でさぐりながら、出水口の様子をしらべた。
「うむ、すごいいきおいで、水が下からわいてくる。これはきっと、上にタンクがあって、タンクの水がながれこんでくるんだな」
 あとで分ったことであるが、これはタンクにたまった水と同じような種類であるが、じつはそれとはくらべものにならないほど多量の水をたくわえているところから、こっちへ流れこんで来たのである。それは泉水《せんすい》の大きな池であった。
 そうでもあろう、水のいきおいはもうれつであった。とても水の出口をふさぐことはできないことが分った。たとえ八木君が、自分のお尻をそこへ持っていって、出口を力いっぱいふさいだにしても、一分間ももちきれないであろう。
 さすがの八木君も、すこしあわてないわけにはいかなかった。
 また、ざぶざぶと水をわたって、空井戸《からいど》の下へ行ってみた。そして上へ向けて「おーイ、おーイ」とよんでみた。
 だが、それを聞きつけて、井戸の上に姿を見せた者はひとりもなかった。
(おいてけぼりになって、こんなくらいところで土左衛門《どざえもん》になるのか、いやだなあ、うん、もっと、頭をはたらかせて、逃げ出す道を探そう)
 絶望におちいりやすくなった自分の心を一所けんめい激励《げきれい》して、八木君は、はじめいた奥のところへもどってきた。
 そこには、上からわずかながらも、あかりが照らしている。開きそうもないが、扉がある。また人だか鬼だか分らないが、頭の上の厚いガラスの板の上を、何者かが歩いているのを見たことがある。八木君は、そこからなんとかして死地を脱する道を発見したいものだと考えた。
 はたして、それはうまくいくであろうか。

   水地獄

 八木君は
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