、普通は、扉で仕切られるようになった部屋の集りで、その部屋の外には、通路として廊下《ろうか》がついている。ところが、この時計屋敷の間取りをみると、そういう扉式の仕切がすくない。原則としてカーテンで仕切ってある。カーテンをひらけば、どの部屋も廊下も、みんな一つのものになってしまう。これはヨーロッパでも、暑い方の国が採用している古風な建築法だよ」
 四本は、おもしろいことをいい出した。
「するとヤリウスという人は、ヨーロッパの暑い方の国の人の血をひいているのかい」
 二宮が、感心《かんしん》のていで、口を出す。
「そうだ、多分ポルトガル人かイスパニア人の血を受けているのかも知れない」と四本はまじめな顔つきをした。
「ところが、あそこなんか、襖《ふすま》がついている。奥には障子《しょうじ》のはいっているところもある。これはきっと、この屋敷を左東左平が買ったあとで、手入れしたものらしいね」
「なるほど、イスパニア式では、日本人は住みにくくてしかたがなかったんだろう」
 五井が、うなずいて、いった。
「だから、これからの探険では、今いったことを頭において、よく注意をはらっていくのがいいと思うね。そして左東左平が手をつけたところは、まず、安全だと思っていいし、ヤリウスがやったままの部屋などに対して、十分注意したほうがいいと思うね」
 四本は、さすがに目のつけどころがよかった。

   時計塔への道

「それでは、今日の目標第一は、時計塔として、塔の頂上まであがってみようじゃないか」
 五井は、一同の顔を見まわした。
「ああ、行こう」
 少年たちは、武者《むしゃ》ぶるいした。
「すると、塔へあがる階段を見つけるんだ。行こうぜ、いいかい」
「いいとも」
 前進を開始した。
 かびくさい部屋をいくつか通った。
 色のさめたカーテンに手をかけると、紙のようにベリベリとさけた。そして頭上からどっと何十年の埃《ほこり》が落ちて来た。少年たちは、そのたびに息がつまった。
 そのうちに、大きな部屋に出たと思ったら、そのむこうに階段がみえた。螺旋《らせん》形に曲った広い階段で、その真中には赤いジュウタンがしいてあった。そのジュウタンのふちは黒であった。
「ああ、あれだ、時計塔へのぼる階段は――」
 少年たちは階段の下へかけつけた。
「気をつけてのぼるんだぜ、ちゃんと間隔をとって登ろう」
 そこで四少年は、ロープの間隔をおいて、五井から順番に階段をのぼりはじめた。
 やがて五井が、階段を中二階までのぼり切った。そのとき、しんがり四本が、階段の第一段に足をかけた。
 この階段は、まず異状がなかった。
 次は、中二階から二階へあがる階段だ。これは今までの半分位の短い階段だった。先頭を五井がのぼる。
 がたん。
 大きな音がして、「あっ」と五井の叫び、五井の身体は、階段の中ほどに、とつぜん開いた穴の中へもんどりうって消えた。
「あっ、しまった」
 六条が前にのめる。
 二宮が、うわッといって悲鳴をあげる。
「うぬッ」と、しんがり四本が顔を真赤《まっか》にして、そこへ伏せる。「みんな、その位置を動くな」
 幸いにも、五井は救いだされた。他の三名が、早く身体を伏せたからよかったのだ。
「ああ、ひやっとした。いったいこの屋敷には、落とし穴がいくらあるんだろう」
 五井は、落し穴からひっぱり上げられると、にこにこ笑いながらいった。彼は、ようやくこの種の冒険になれて、もう大しておどろかなくなったらしい。
 他の少年にも、危険とたたかう自信ができたようだ。このようなやり方で、少年たちは階段を一つ一つ征服していった。
 階段は上になるほど狭くなり、そして粗末《そまつ》になった。もうジュウタンなんか見られなかった。板ばりに塵埃《じんあい》や木の葉がたまり放しであった。だがそこにも落とし穴が二つも仕掛けてあった。
「なるべく階段の端《はし》を通った方がいいようだ、まん中を歩くと、落とし穴の仕掛が働くらしい」
 四本は、早くも階段の秘密を見ぬいた。
 いよいよ時計塔の中へ、先頭の五井は足をふみこんだ。階段はいよいよ狭くなり、人がひとりやっと通れるくらいだ、そして天井は高いが、室内はまっくらであった。懐中電灯の光をたよりに、あがっていくよりほかなかった。
 その光の中に、複雑な機械が、照らしだされた。今はもう死んだように動かなくなったこの時計屋敷の大時計の機械らしい。少年たちは、今こそ古い秘密と向かいあったのだ。

   高い天井

「みんな、心をしっかりもっているんだよ」
 先頭にすすむ五井が、うしろの連中に、最後の注意をあたえた。
「うん、大丈夫だよ」
「心配するな」
「ほんとに、おちついて、しっかりしてくれよ、どんなお化けが出たって、こわがってはだめだよ」
「こわがるくらいなら、
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