い》ったかは、読者が容易に想像し得らるるところにちがいない。
 しかも金博士の爆発警告の物件は、この柱時計だけではないのである。あとまだ十一個もあるのである。一々ここに書き切れないが、序《ついで》にもうすこし述べておこう。


     2


 次の第二号を見ると、こんなことが書いてあった。すなわち、

[#ここから2字下げ]
二、ソノ色、黒褐色《コッカッショク》ノ水甕《ミズガメ》ニシテ、底ヲ逆《サカサ》ニスルト、赤キ「ペンキ」デ4084ノ数字ガ記《シル》サレタルモノ。
[#ここで字下げ終わり]

 さあ、たいへん。水甕は、たいていどこの家にもある。ましてや水甕の色となると、鮮《あざや》かなる赤や青や黄などのものはなくて、たいてい黒ずんでいる。博士は多分その水甕を特別の二重底にし、そこに爆弾を仕かけておいたものであろうが、そうなると、どの家でもそのままにして置けない。水甕という水甕は、その場で逆さにひっくりかえされた。そのために、そこら中は水だらけと相成《あいな》り、水は集り集って、租界《そかい》を洪水《こうずい》のように浸《ひた》してしまった、本当の話ですよ。
 空になった甕《かめ》は、いずれも毛嫌いされて、家の中には再び入れてもらえず、一旦は公園の中に持ちこまれて、甕の山を築《きず》いたが、万一この甕の山が爆発したら、あの刃物のような甕の破片が空高くうちあげられ、四方八方へ、まるで爆弾と同じ勢いで落ちてくる虞《おそ》れがあるというので、これではならぬと、また今度は、皆して、えっさえっさと甕をかついで黄浦江《こうほこう》の中へ、どぶんどぶんと沈める競争が始まった。なにしろ、いくら赤いペンキで数字が書かれたとて、もう既に十五年も経過しているのであるから、とても文字の痕《あと》がさだかなりとは思われず、さてこそそのさわぎも大きくなった次第《しだい》である。
 その次に曰く、

[#ここから2字下げ]
三、丈《タケ》が[#「丈《タケ》が」はママ]二尺グライノ花瓶《カビン》、口ニ拇指《オヤユビ》ヲ置キテ指ヲ中ニサシ入レテ花瓶ノ内側ヲサグリ、中指ガアタルトコロニ、小《チイ》サク5098ト墨書《ボクショ》シアリ。
[#ここで字下げ終わり]

 というわけで、今度は、立派な花瓶が一つのこらず、河の中に投げこまれてしまった。なるほど、十五年前に墨書《すみがき》し、その後十五年間|瓶《びん》の中に水を張ったのでは、大伴《おおとも》の黒主《くろぬし》の手を借らずとも、今日5098の文字は消え失せているに違いなかろう。
 さて、その次は、

[#ここから2字下げ]
四、寝台《シンダイ》。木ヲ組合ワセテ作リタル丈夫《ジョウブ》ナルモノ。台ノ内側又ハ蒲団綿《フトンワタ》ノ中に、朱筆《シュヒツ》ヲ以テ6033ト記シタル唐紙片《トウシヘン》ヲ発見セラルベシ。
[#ここで字下げ終わり]

 途方《とほう》もない騒ぎとなった。租界中の誰も彼もが、白い綿ぎれ、鼠色《ねずみいろ》の綿ぎれ、鼠の小便くさい黒綿《くろわた》ぎれを頭からかぶって、何のことはない綿祭りのような光景を呈した。
 黄浦江《こうほこう》は、あの広い川面《かわも》が、木製の寝台を浮べて一杯となり、上る船も下る船も、完全に航路を遮断《しゃだん》されてしまって、船会社や船長は、かんかんになって怒ったが、どうすることも出来ない。しかし乗客たちは、安全に陸に上ることが出来た。その浮かべる寝台の上を伝《つた》い歩いて渡った結果……。
「おい、あの金博士め、けしからんぞ」
「なんだなんだ、なぜ、博士はけしからんのか」
「わしが案ずるところによると、金博士は、豪商《ごうしょう》に買収されているのにちがいない」
「買収されているって。それは、なぜそうなんだい」
「だって、そうじゃないか。第一は柱時計、第二は水甕、第三は花瓶、第四は寝台というわけで、今までのところで、この租界の中に於て、この四つの品に限り全部おしゃか[#「おしゃか」に傍点]になってしまったではないか。われわれは今夜から寝るのを見合わせるわけにも行かない。つまり寝台を新たに買い込まにゃならぬ。花瓶はちょっと縁《えん》どおいが、水甕《みずがめ》だって時計だってすぐ新しく買い込まにゃならぬ。そうなると、商人は素晴らしく儲《もう》かるではないか。なにしろべら棒に沢山売れることになっているからなあ。それに彼奴《やつ》らのことじゃから、足許《あしもと》を見て、うんと高く値上げするにきまっている。つまり、金博士は、商人に買収されて、あんな警告文を出したのにちがいないと思うが、どうだこの見解は……」
 不断《ふだん》から冷静を自慢している一人の男が、咄々《とつとつ》として、こんな見解をのべたのであった。
「なるほどねえ、それは大発見だ」
 と、相手の大人が手を
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング