おお、幸運の黒子!
往来へ出ると、半平は若い看護婦から掌《て》のうちに握らされたいくつにも折り畳まれてある紙片を開いてみた。そこには鉛筆の走り書きで、こんな文面が認《したた》められてあった。
『失礼ごめんあそばせ。病院で一回三円かかる注射を、あたしの下宿へ午前八時二十分までにおいでくだせれば半額でいたします。
[#地から3字上げ]小石川区××町つぼみアパート七号室
[#地から2字上げ]唐崎《からさき》みどり』
半平の顔が、だらしなく解けた。行人の巷《ちまた》に曝《さら》すのが苦しいにこにこ顔だった。
(幸運の黒子を持った女をひと目見ただけで、こうも運がよくなるものか!)
注射料は半額で済むことにはなるし、幸運に恵まれた若い女は探し当てるし、それに、あの唐崎さんという看護婦の素晴らしい性感はどうだ!
彼はすぐにも飛んで帰って、唐崎さんと握手をしたくてたまらなかった。
筋書どおりに、唐崎さんといつしか同棲《どうせい》するようになった半平だった。新婚旅行も唐崎さん――ではない新妻みどりの稼ぎ貯《た》めた財布のお陰で南伊豆《みなみいず》まで遠出をし、温泉気分と夫婦生活とを満喫する
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