いって、名香《めいこう》のようなものを焚《た》いてくれた。それは私が生れて始めて嗅いだ媚香《びこう》だった。私はうっとりとなって、そこに横になった。
 ふと睡《まどろ》んでから目をあけてみると、私の前に若い夫婦がひそひそと語っていた。顔を見るとヤナツ夫妻だったが、その身体は蛙の子のように小さくはない、普通の人間と変りない大きさだった。二人は私の目のさめたのには気がつかず、又香を焚いた。
 二度目に目覚めてみると、たいへん息苦しかった。気がつくと、傍《そば》に大女が寝ている。浅草の仁王さまの三倍もあるような大女であった。顔をみると、これがヤナツの妻君であるから、私は思わずおどろきの声をあげた。
 すると大女の身体がすうーッと縮《ちぢ》みはじめた。どんどん縮んで、最後には顔が野球のボール位にまでなった。それ以上は小さくならなかった。女は、ほっほっとおかしそうに笑いころげた。私は恐ろしくなって、その場をどんどん逃げだした。そして後も見ずに、キャンプにも寄らず、麓まで逃げのびた。
 後年私はもう一度ヤナツの妻君の顔を見た。場所は上野科学博物館の陳列函《ちんれつばこ》の中であった。妻君は、私が最
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