最後、この金博士は絶対に云わないのじゃ。この上ぐずぐず云うと、この部屋に赤い霧、青い霧をまきちらすぞ」
「いや、それはお許しねがいたい」
 私は、蟇口を片手でおさえると、脱兎《だっと》のように、博士の研究室を逃げだしたのであった。
 ――以上が、金博士に送った第一回の日記、つまりその年の八月八日の私の日記だったのである。


     2


 第二回目の日記は、それから十年たった十×年八月八日に於ける私の日記であった。これは第一回分のものとは違って、大分《だいぶ》日記風になってきた。以下、これを再録しておく。
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十×年八月八日 晴れ
[#ここで字下げ終わり]
 小便に起きたついでに、明り取りの窓から暁の空を透《す》かしてみると、憎らしいほど霽《は》れ渡《わた》った悪天候である。
 これでは今日も、日本空軍《にっぽんくうぐん》のはげしい爆撃があるだろうと思って憂鬱《ゆううつ》になったとたんに、ぷーっという空襲警報《くうしゅうけいほう》のサイレンであった。
「うわーっ、つまらない予想が当りやがる」
 私は、ぺっと唾をはくと、寝床へとって返した。ベッドの上の衣服と、そ
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