士の智慧を験《た》めそうとした奴の蟇口の中身が空虚《から》と相成《あいな》って、思いもかけぬ深刻《しんこく》な負けに終るのが不動の慣例だった。
「おいおい、ちょっとしずかになったと思ったら、ひどいことを書きおる。わしは瓦斯《ガス》の研究をやっているから、赤い霧、青い霧の話はいいとして、蟇口がどうとかしたというくだりは、どうも人聞きが悪いじゃないか。わしの人格にかかわる」
いつの間にか、私の背後《うしろ》から金博士が、原稿用紙をのぞきこんでいたのを、私は知らなかった。
そこで私は、ペンを休ませないで、こういったものである。
「金博士、私があれほど教えてくださいと懇願《こんがん》していることに博士が応《こた》えてくださらない限り、私は博士の有ること無いことを書きなぐって、パンの料《しろ》にかえながらいつまでもこの上海《シャンハイ》に頑張《がんば》っている決心ですぞ」
そういって私は、前の卓子《テーブル》に噛《かじ》りつく真似《まね》をしてみせた。
すると博士は、人並《ひとなみ》はずれた大頭《おおあたま》を左右にふりながら、
「はてさて困った男だ。まるで蒋介石《しょうかいせき》みたい
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