だと思うね。この重慶《じゅうけい》にいる限り、どうも仕様がないよ」
と私はいった。
「いや、私はまだ対策があると思うんだ。もっと防空壕を深く掘るとか、出入口の扉《ドア》を三重四重にするとか、政府が努力するつもりなら、もっといい防空壕が出来る筈だ。そう思いませんか」
「それはそうだね」と私は青年にさからわぬよう相槌《あいづち》をうった。
「とにかくわれわれは、世界中で最も勝《すぐ》れた市民だということを忘れてはいかん」
青年の話が急にかわった。
「え、どうして?」
「え、だってそうだろうが。世界中で、われわれほど毎日のように猛爆をうけている市民はいない。従って、われわれほど、すぐれた防空施設を持ち、且《か》つ防空精神力を持った人間はどこにもいないというわけだ。つまり我々は、日本空軍のおかげで、世界一の防空文化人なんだ。そうでしょうが」
「あ、なるほど、なるほど。しかし、ずいぶん長期戦が続くものですなあ。もういい加減、日本空軍が鉄に困って木製《もくせい》や泥製《どろせい》の爆弾を落としてもいい頃だと思うんだが、相変らず鉄の爆弾を落としとるですが、敵もさるものですなあ」
「いや。もう今日の爆撃あたりには、木製の爆弾を使っているのかもしれないよ」
「でも、木製爆弾なら、あんな逞《たくま》しい音はしないでしょう」
「そうだね。今日の爆弾は音が、悪い……」
といっているとき、大きな音響と共に、目の前が火の海になったかと思ったら、私はそのまま気を失ってしまった。……
今日の日記はこれでおしまいである。なぜなれば、私が気がついたのは、その翌朝《よくあさ》のことであったから、今日の日記としては、気を失ってしまった点々々というところで終りなのである。
3
金博士へ送る第三回目の日記。
前の日記から、また十年たったのである。
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二十×年八月八日 晴れ
[#ここで字下げ終わり]
ラジオは、今朝は空が晴れているとアナウンスした。十年前のころは、夜が明けて、空が晴れていると、空襲があるという予想から、晴天《せいてん》を恨《うら》んだものである。この頃は、晴れていようが、曇っていようが、どっちでも大した差違《さい》はない。どんな日でも、飛行機はとんで来て、正確に爆撃をしていくのだから。
しかしこの頃のように、われわれ市民は、地下へ潜《もぐ》ったきりで、一ヶ月に一度も、地上へ出て空を仰《あお》ぐ機会が与えられていないと、なんだか天気のことなど、莫迦《ばか》くさくて、聞く気になれない。
食事をすませて、第三区行きの地下軌道にのり、会社に出勤した。今朝は、いきなり委員会議だ。
今日の議題は、地下都市の拡張工事について、掘り出した土を、どこの地上に押しだすかということである。うっかりどこにでも出そうものなら、たちまち敵国の空中スパイに発見されて、こっちの新しい地下都市の所在《しょざい》を突《つ》き留《と》められてしまう。
午後三時であったが、会議中、空襲警報が、睡むそうに鳴り響いた。
「またアメリカ空軍が爆撃にやってきたか。御苦労なことじゃ」
この頃の爆撃はラジオのアナウンスだけで、お仕舞《しま》いだから、頼《たよ》りない。地下都市の構築法《こうちくほう》が完全になって、爆弾が落ちても、地響一つ聞えて来ないし、もちろん爆裂音なんか、全く耳にしようと思っても入らない。なにしろ地下都市も、今は百メートルの深さにあるのだから、安心したものである。
そんなことを思っていたとき、だしぬけにものすごい音響が聞え、同時に、壁がぴりぴりと震《ふる》え、天井に長々と罅《ひび》が入った。
「うわーっ、めずらしいじゃないか、爆裂音だ。どうしてこんな地下まで、紛《まぎ》れこんできたのかね」
議長さえ、まだそれほどの険悪《けんあく》な事態の中にあるとは考えないで、爆裂音を身近くに聞いたことを興《きょう》がっている。
だが、時間がたつに従って、一座は、今日の爆撃がたまたま地隙《ちげき》を縫って、深い地下に達したというような紛《まぐ》れあたりのものでないことに気がついたのだった。爆裂音は、次第に大きさを増し、そしてピッチを詰めてきた。
議長が、議案をそっちのけにして、びりびり震動する周囲の壁を見廻した。
「どうも今日の爆撃は変だね。いやに地底ふかく浸透《しんとう》するじゃないか。おい君、対空本部へ電話をかけて事情を聞いてみよ」
議長は私に命令した。
私は早速《さっそく》、対空本部|附《つき》の漢師長《かんしちょう》を呼びだした。そして、いつもに似合わしからぬ爆弾の深度爆裂《しんどばくれつ》についてたずねたのである。
すると漢師長は、あたりを憚《はばか》るような口調《くちょう》になって、私に云ったことに、
「それは、い
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