ってくだすってもかまいません」
「あはははは。うわはははは」
博士は、なぜか大声をたてて、からからと笑いだして、しばらくは笑いが停《と》まらなかった。そのうちにようやく笑いを停めると、こんどは笑いあきたか、急に熊《くま》の胆《きも》を嘗《な》めたようなむつかしい顔になって、
「では、こうしよう。来る八月八日を第一回目として、それから十年|毎《ごと》の八月八日に、お前はその日の日記を認《したた》めて、わしのところへ送ってきなさい」
「十年毎の間隔《かんかく》は、ちと永いですね」
「そうでもないよ。そうしてお前が、第八回目の手紙を書くようになったときには、お前は否応《いやおう》なしに、ピポスコラ族に出会《であ》った話を書かなければならないだろう。それまでわしは、ピポスコラ族のことも、又それと同じ生活様態になるわれわれ人類のことについても、喋《しゃべ》らないことにする」
「まるでお伽噺《とぎばなし》に出てくる人間の姿をした神様の台辞《せりふ》みたいですね。そんなまどろこしいことをいわないで、早く教えてください、一体われわれが遠き未来において、どんな生活をするかを……」
「云わないといったが最後、この金博士は絶対に云わないのじゃ。この上ぐずぐず云うと、この部屋に赤い霧、青い霧をまきちらすぞ」
「いや、それはお許しねがいたい」
私は、蟇口を片手でおさえると、脱兎《だっと》のように、博士の研究室を逃げだしたのであった。
――以上が、金博士に送った第一回の日記、つまりその年の八月八日の私の日記だったのである。
2
第二回目の日記は、それから十年たった十×年八月八日に於ける私の日記であった。これは第一回分のものとは違って、大分《だいぶ》日記風になってきた。以下、これを再録しておく。
[#ここから2字下げ]
十×年八月八日 晴れ
[#ここで字下げ終わり]
小便に起きたついでに、明り取りの窓から暁の空を透《す》かしてみると、憎らしいほど霽《は》れ渡《わた》った悪天候である。
これでは今日も、日本空軍《にっぽんくうぐん》のはげしい爆撃があるだろうと思って憂鬱《ゆううつ》になったとたんに、ぷーっという空襲警報《くうしゅうけいほう》のサイレンであった。
「うわーっ、つまらない予想が当りやがる」
私は、ぺっと唾をはくと、寝床へとって返した。ベッドの上の衣服と、その脇《わき》に吊《つる》しておいた非常袋を掴《つか》むが早いか、部屋をとびだして、街路を駈《か》けだした。目標の市民防空壕《しみんぼうくうごう》は、五百ヤードの先である。
息せき切って防空壕に辿《たど》りついたはいいが、ふと手を頸《くび》のところへやってみると、肝腎《かんじん》の入壕証《にゅうごうしょう》がない。しまった。紐《ひも》をつけて頸にかけていたが、途中で切れてしまったらしい。といって引返《ひっかえ》してまごまご探していようものなら、足の早い日本空軍の爆撃機は、私の知らぬうちに頭上へ現れるだろう。
私は泣き面《つら》に蜂《はち》の体《てい》たらくであった。
「入れてくださいよ。入壕証は、その辺で落として来たんですよ」
「その辺で落として来たんなら、これからいって拾ってくるがいいじゃないか」
「それが……」
役人は意地悪い顔つきで、私を睨《にら》みつけている。仕様《しよう》がない。なけなしの財布の底をはたくより外《ほか》に途がない。
私は、非常袋の中へ手を入れて、五千|元《げん》の法幣《ほうへい》を掴《つか》みだした。それをそっと、役人に握らせると、
「今日だけ、一つ頼みます」
「ううん。たった、これだけか。これだけでは……」
「ああ出します。もうこれで身代限《しんだいかぎ》りなんです」
と、私は更に三千元の法幣を掴みだして、かの役人の手に握らせた。
「よろしい。今度だけ大目に見る。この次は二万元以下じゃ、見のがされんぞ」
「へい」
私は急いで、役人の腕の下をくぐって、防空壕の中にとびこんだ。すると、ずんずんずんずずーんと、大きな地響が聞えてきた。もう爆撃が始まったのである。ぐずぐずしていると、防空壕の入口が閉ってしまうところであった。
それが爆撃の皮切りであった。それから、始まって、息をつぐ間もなく、爆裂音《ばくれつおん》が続いた。壕の天井や壁から、ばらばらと土が落ちて、戦《おのの》き犇《ひしめ》きあう避難民衆の頭の上に降った。あっちからもこっちからも、黄色い悲鳴があがる。
中には、案外くそ落着きに落着いている奴もあるもんだと思ったが、私と肩を摺《す》り合わせている青年がいった。
「あの、どどーんという爆裂音と、あのずしんずしんという地響と、この二つを無くすることが出来ないものかな。あれを聞くと、生命《いのち》が縮《ちぢ》まる」
「それは無理
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