つもと違っている筈だ。今日アメリカ軍が使っている爆弾は液体爆弾なんだ」
「液体爆弾? そんなものは初めて聞いたが、それは一体どんなものかね」
「つまり、アメリカが深い地下街爆撃用にと新《あら》たに作った爆弾で、A種弾とB種弾と二つに分れているんだ。まず初めにA種弾をどんどん墜《お》とすのさ。すると爆弾は土中《どちゅう》で爆発すると、中からA液が出て来て、それが地隙や土壌《どじょう》の隙間《すきま》や通路などを通って、どんどん地中深く浸透してくるのさ。ちょうど砂地《すなじ》に大雨が降ると、たちまち水が地中深く滲《し》みこんでいくようなものさ」
「なるほど。そして、そのA液は滲み込むと、爆発するのかね」
「いいや、A液だけでは、爆発はしないのだ。暫《しばら》く時間を置いて、丁度《ちょうど》A液がうまく浸みこんだ頃合《ころあい》を見はからって、こんどはB液の入ったB種弾が投下されるのだ。このB液も、さっきのA液と同様に、地下深く浸みこんでいくが、どこかで先に滲みこんでいるA液と出会うと、そこでたちまち、猛烈な化学反応が起って大爆裂をするというわけだ。おそろしい発明だよ、液体爆弾というやつは」
「ふーん、考えたもんだね。すると、われわれも今までのように、地下百メートルのところにあるからといって安心していられないわけだな」
「そうだよ。おお、君の今いる地区へも、既にA液弾が落ちて、今ずんずん地底へ向けて滲みこんでいるという報告が来ている。この上、B液弾が落ちれば、たいへんなことになるよ。大いに注意しなければいけない」
「大いに注意しろといって、どうするのかね」
「それはね、水はけ――ではない液《えき》はけをよくすることだ。上から滲みこんで来た液は、樋《とい》とか下水管《げすいかん》のようなものに受けて、どんどん流してしまうことだ。しかしA液とB液とを一緒に流しては、さっき云ったとおりに爆発が起るから、その前に、濾過器《ろかき》を据《す》えつけて、A液とB液とを濾《こ》し分け、別々の排流管《はいりゅうかん》に流しこまなければいけない」
「それはずいぶん面倒なことだね。急場《きゅうば》の間に合わないや」
「でも、それをやって置かないと、君たちの生命《いのち》に係《かかわ》る」
「生命に係るのは分っているが、もうA液は天井のあたりまで滲みこんでいるのに、樋工事を始めたり、濾過器を取寄せたりするわけにいかんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあ、仕方がない。ここから君たちの冥福《めいふく》を祈っているよ。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》!」
「おい、そんな薄情《はくじょう》なことをいうな。おーい、何とか助けてくれ。あ、電話を切っちゃいかん。……」
 といっているとき、大音響《だいおんきょう》と大閃光《だいせんこう》とに着飾って好《この》ましからぬ客がわれわれの頭の上からとび込んできたのであった。それ以来、私は人事不省《じんじふせい》となり、全身ところきらわず火傷《やけど》を負ったまま、翌朝《よくちょう》まで昏々《こんこん》と死生《しせい》の間を彷徨《ほうこう》していたのである。


     4


 それからまた十年たった。
 今日は八月八日である。金博士へ対して、約束のとおり、第四回目の日記を送ることになった。次に示すのは、その日記のうつしである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
三十×年八月八日 室内温度、湿度、照明度すべて異状なし 配給も正確なり
[#ここで字下げ終わり]
 本日は、地下千メートルを征服し、現在われわれの棲《す》んでいるこの極楽《ごくらく》地下街建設の満三ヶ年の記念日であるので、ラジオは朝から、じゃんじゃんと楽しい音楽を送ってくる。
 あれからもう三年たったか。
 われわれ人類も、空爆の威力《いりょく》に圧《お》されて、だんだんと地底深く追いやられたが、初めはせいぜい地下二百五十メートルが人類の生活し得る限度で、それ以上になると、とても暑くて、生活は出来ないし、構築物《こうちくぶつ》ももたないといわれたものであるが、そうかといって、地下四五百メートルにまで達する深度爆弾《しんどばくだん》の餌食《えじき》になるのを待っていられないため、必死の耐熱建築の研究に国立研究所を動員し、遂《つい》に不可能と思われたる難問題を解決し、三年前にこの輝《かがや》かしき極楽地下街の完成を見たわけである。
 私は、食事を済ますと、すぐさま圧搾空気軌道《あっさくくうききどう》の管《くだ》の中に入り、三分四十五秒ののちには、記念祝賀会場たるネオ極楽広場の人混《ひとご》みの中に立っていた。
 梁首席《りょうしゅせき》の巨躯《きょく》が、壇上《だんじょう》に現れた。
 われわれは一せいに手をあげた。
「本日の記念日に際し、余《よ》は何よりも
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