先《ま》ず第一に、敵国の空軍は本年に入って、殆んど新しい飛行機の補充をなさなくなったことを諸君の前に報告するの光栄を有《ゆう》するものである。いや、新機を補充しなくなったばかりか、これまで敵国が保有していた軍用機も、最近一年は、壊《こわ》れ放題にしてある始末《しまつ》である。これ乃《すなわ》ち、わが国が、完全なる防空力を有する地殻《ちかく》及び防空硬天井《ぼうくうこうてんじょう》の下に、かくの如く地下千メートルの地層に堅固《けんご》なる地下街を建設したことによって、敵国は空中よりの爆弾が一向《いっこう》効目《ききめ》がなくなったことを確認し、そして遂に、その軍用機整備の縮小を決行するに至った次第《しだい》であります。つまり、われわれが完全に地下に潜《もぐ》ることによって敵の空軍を全然無力化させることに成功したわけであって、これにより、われわれの国家は、いよいよ安全にして健康なる発展を遂《と》げることが約束されたわけである。先ず盃《さかずき》をあげて、今日の大勝利を祝って、乾盃したいと思います。皆さん、盃を……」
 私は、久振《ひさしぶ》りに、飲み慣れない酒に酔ってしまって、それから以後のことを、よく覚《おぼ》えていない。


     5


 それからまた十年たった。
 第五回目の日記である。
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四十×年八月八日
[#ここで字下げ終わり]
 目が覚めると、今日は何をして退屈を凌《しの》ごうかなと、それがまず気にかかる。
 極楽生活は、飲食にも困らないし、着るものも充分だし、外敵《がいてき》の侵入の心配もなし、すべて充分だらけであるが、只一つ困ったことには、来る日来る日の退屈をどうして凌ぐか、これに悩まされる。
 ところが今朝は如何なる吉日《きちじつ》か、私は不図《ふと》四十年前に、金博士から聞いた疑問の民族の名を思い出したのであった。
 ピポスコラ族!
 ピポスコラ族とは、どんな民族なのであろうか。あのときは空襲下に戦《おのの》いていたときであったから、それがどんな族だか調べてみる余裕がなかった。よろしい、今日はあれを一つ古代図書館へいって調べてみよう。私は、俄《にわ》かに元気づいた。
 古代図書館に於て、完全に深夜まで暮した。しかしピポスコラ族が何ものであるかは、遂に手懸《てがか》りがなかった。私は更にそのまま、次の日暦《にちれき》の領域に入っても、調べを続けることにした。しかしそれは最早《もはや》八月八日分の日記ではなくなるから、ここで擱筆《かくひつ》する。


     6


 それからまた十年たった。五十×年八月八日となった。この日の日記は、従来の慣例を破って、遂に金博士の許《もと》へ届けられなかった。そのわけは、政府が突然、全国的に、通信杜絶《つうしんとぜつ》を号令したからである。
 その理由は?
 その理由は、そのときには何のことだか、全く分らなかったが、それから一年半ほどたって、漸《ようや》くぼんやりしたその輪郭《りんかく》だけがわかった。それは白人帝国《はくじんていこく》が、ひそかに抱合兵団《サンドイッチへいだん》をもって、わが国攻略を狙っているという情報が入ったため非常警戒となり、遂に通信|厳禁《げんきん》となった由《よし》である。
 しからば、その抱合《サンドイッチ》兵団とは、どんなものであるか。それが分っていれば、政府もそれほど狼狽《ろうばい》する必要はなかったのである。分らなかったから、騒ぎが大きくなったのであった。その抱合《サンドイッチ》兵団のことは、次の日記において、初めて全貌《ぜんぼう》が明瞭《めいりょう》となるであろう。


     7


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六十×年八月八日 最小限生活に追いこまれあり、食慾ことの外《ほか》興奮して、治《おさ》めるのに困難を感ず、非常時ゆえ、仕方なけれど……。
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 前夜から、われわれは、リュックサックを肩に負い、必死で、縦井戸《たていど》を登攀《とうはん》しつつあるのであるが、老人である私には、腕の力も腰の力も弱くて、一向はかがいかない。一時間もかかって、やっと五メートル登るのがせきのやまである。
 しかも、気をゆるめていようものなら、下から上って来た乱暴な市民のため、われは邪魔扱《じゃまあつか》いにされて、まるで壁にへばりついているやもりを叩きおとすように、われ等の身体は奈落《ならく》へ投げおとされるのである。
 奈落へ墜落《ついらく》すれば、どっち道、死あるのみである。岩かどに頭をぶっつけるか、そうでなくて死にもせず、元の極楽地下街まで墜《お》ちついたとすれば、そこには白人帝国軍の地底戦車隊《ちていせんしゃたい》が待っていて、たちまち身はお煎餅《せんべい》の如く伸《の》されてしまう
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