のである。であるから、どっちにしても死の頤《おとがい》を逃れることは出来ない。
 ああ、今になってぶつぶついっても仕方がないが、どうしてわが当局は、抱合兵団《サンドイッチへいだん》の攻略に気がつかなかったのであろうか。およそ攻撃目標たるわれわれが、敵軍の空中からの爆撃を避《さ》けて地下に潜《もぐ》り、空爆|更《さら》に効果なしと分れば、敵軍はこんどは手をかえ、地中深くからわれわれの住居地を攻撃するであろうことは、素人《しろうと》にも分ることではないか。
 何を今更《いまさら》、五万台にのぼる敵の地底戦車兵団をわれわれの足の下に迎え、あれよあれよと騒いで間に合うものか。
「市民たちは、即刻《そっこく》地上に避難せよ。地上に出た方が、まだ被害程度が軽いであろう」
 そういって、わが護衛司令官は布告《ふこく》をしたが、それもいい加減《かげん》の対策だったことが、間もなく判明した。なぜといって、何十年ぶりかで市民たちが地上へ頭を出したとたん、待っていましたとばかり、敵白人帝国の空中兵団は、われわれ同胞《どうほう》の上へ襲いかかったのである。猛爆、また猛爆、その惨状《さんじょう》は聞くにたえないものがあった。
 地底へ下りれば、敵の地底兵団あり、地上へ出れば、敵の空中兵団あり、上と下とからの抱合《サンドイッチ》兵団の攻撃にあっては、われわれは上《のぼ》りも下《くだ》りも出来ず、文字どおり進退谷《しんたいきわ》まってしまった次第である。
「ああしまった」
 ああ痛い。とんだ愚痴《ぐち》をのべている間に、私は折角《せっかく》二日がかりで登った八メートルばかりの縦井戸を下に滑《すべ》りおちてしまった。でも幸《さいわ》いに、そこで地下道が水平に折れ曲っていたからそれ以上墜落しないですんだ。もう愚痴はよそう。そして私は、もう上るのも降りるのもよした。もうその気力がない。前途に対する希望は、ここでしずかに餓死《がし》するばかりである……。
 と考えこんでいたとき、不意に私の肩を突付《つっつ》く者があった。私はびっくりして目を開いた。すると目の前に、逞《たくま》しい顔の青年が、前屈《まえかが》みになって、私の顔をのぞきこんでいた。
「おお、君は洪《こう》君」
「そうです、洪です。先生、ぐずぐずしていられませんぞ。私と一緒に逃げてください」
「君の親切は感謝するが、もう迚《とて》も駄目だよ。上へ出ても下へ降りても殺されるものなら、ここでしずかにわが生涯を閉じたいのだよ。わしをかまわんで呉《く》れ」
「先生、そんな気の弱いことでは、駄目じゃありませんか。敵の手に至《いた》らず、まだ逃げていくところが残っていますぞ」
「へえ、本当かね。それはどこだね」
「それはつまり、深く地底にも降りず、そうかといって地上にもとびださず、丁度《ちょうど》その中間のところ、つまりサンドウィッチでいえば、パンのところではなく、パンに挟まれたハムのところを狙って、どこまでも横に逃げていくのです。横へ逃げれば、まだ今のうちなら、無限にちかいほど、逃げていく場所があります。そのうち、どこかで落ちついて、穴居《けっきょ》生活を始めるんですよ」
「しかしなあ洪君、横に逃げるといって、穴を掘っていかなければならんじゃないか」
「そうです。穴掘り機械が入用《いりよう》です。ここに私が持っているのが、人工ラジウム応用の長距離|鑿岩車《さくがんしゃ》です。さあ、安心して、この上におのりなさい」
「そうかね。それは実に大したもんだ」
 と、私は鑿岩車に足をかけ、洪君のうしろの席へ腰を下ろした。そのとき丁度、私のリュックの中で、目ざましが午後十二時をうった。


     8


 それから十年のち、すなわち七十×年八月八日、私は日記を書く代《かわ》りに、金博士に対して次のような手紙を書いたのだった。
 炯眼《けいがん》なる金先生|足下《そっか》。まず何よりも、先生の御予言《ごよげん》が遂に適中《てきちゅう》したことを御報告し、且《か》つ驚嘆するものです。
 金先生足下。ピポスコラ族には、遂に昨日面接しました。それは全く唐突《だしぬけ》のことでありました。
 私は洪《こう》青年と、長距離|鑿岩車《さくがんしゃ》にのって、十年ほど前から、地中放浪《ちちゅうほうろう》の旅にのぼりましたが、昨日の昼頃、車を停めてしばし休憩をしていますと、ふしぎにも、地中のどこかで、どすんどすんと地響がするではありませんか。私たちはおどろいて、顔の色をかえました。
 私は、遂に敵の地底戦車にとり囲《かこ》まれたのだと悲観しましたのに対し、洪青年は、こんなところに地底戦車隊がいるとは思えないと主張してゆずらず、その揚句《あげく》、遂に洪青年の意に従って、われわれは敢然《かんぜん》、鑿岩車を駆って、怪音《かいおん》のする地点
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