上へ出ても下へ降りても殺されるものなら、ここでしずかにわが生涯を閉じたいのだよ。わしをかまわんで呉《く》れ」
「先生、そんな気の弱いことでは、駄目じゃありませんか。敵の手に至《いた》らず、まだ逃げていくところが残っていますぞ」
「へえ、本当かね。それはどこだね」
「それはつまり、深く地底にも降りず、そうかといって地上にもとびださず、丁度《ちょうど》その中間のところ、つまりサンドウィッチでいえば、パンのところではなく、パンに挟まれたハムのところを狙って、どこまでも横に逃げていくのです。横へ逃げれば、まだ今のうちなら、無限にちかいほど、逃げていく場所があります。そのうち、どこかで落ちついて、穴居《けっきょ》生活を始めるんですよ」
「しかしなあ洪君、横に逃げるといって、穴を掘っていかなければならんじゃないか」
「そうです。穴掘り機械が入用《いりよう》です。ここに私が持っているのが、人工ラジウム応用の長距離|鑿岩車《さくがんしゃ》です。さあ、安心して、この上におのりなさい」
「そうかね。それは実に大したもんだ」
 と、私は鑿岩車に足をかけ、洪君のうしろの席へ腰を下ろした。そのとき丁度、私のリュックの中で、目ざましが午後十二時をうった。


     8


 それから十年のち、すなわち七十×年八月八日、私は日記を書く代《かわ》りに、金博士に対して次のような手紙を書いたのだった。
 炯眼《けいがん》なる金先生|足下《そっか》。まず何よりも、先生の御予言《ごよげん》が遂に適中《てきちゅう》したことを御報告し、且《か》つ驚嘆するものです。
 金先生足下。ピポスコラ族には、遂に昨日面接しました。それは全く唐突《だしぬけ》のことでありました。
 私は洪《こう》青年と、長距離|鑿岩車《さくがんしゃ》にのって、十年ほど前から、地中放浪《ちちゅうほうろう》の旅にのぼりましたが、昨日の昼頃、車を停めてしばし休憩をしていますと、ふしぎにも、地中のどこかで、どすんどすんと地響がするではありませんか。私たちはおどろいて、顔の色をかえました。
 私は、遂に敵の地底戦車にとり囲《かこ》まれたのだと悲観しましたのに対し、洪青年は、こんなところに地底戦車隊がいるとは思えないと主張してゆずらず、その揚句《あげく》、遂に洪青年の意に従って、われわれは敢然《かんぜん》、鑿岩車を駆って、怪音《かいおん》のする地点
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