に飛んだ――
「とんだことに、永く手間どらせた哩《わい》」と博士は呟《つぶや》きながら後を再びふりむこうともせず、そろそろと研究所の方へ引きかえして行った。それは博士の退所時間三十分も過ぎていた。博士は、門をくぐり、ペイブメントをとおり、いくつかの会社のビルディングの蔭に行き、研究所の扉を押してスーウと内に入った。名札《なふだ》をかえすと、スタスタと実験室の中に入って行った。そのとき、別な廊下から、白い実験衣をきた一人の技師があらわれた。彼氏は、そこの壁にかかっていた研究所員の名札を見まわした。
「所長室はあいているようだから」と、今し方、鬼村博士が習慣的にかえして行ったために、「不在」をあらわす赤字の札になっているのを指《さ》しながら彼氏はあとから顔を出した助手に云った。「今試作した毒瓦斯は、直ぐ所長室へ送りこむんだ。そして一時間置きに、気圧計《プレッシュア・ゲージ》を読むんだぜ」
「じゃ、今送ります。時間がよろしいようですから。――弁《バルブ》をみんな開いて七百八十五ミリになりました」
「オウ・ケー」
* * *
完全で、正確この上なしの頭脳を持っている筈の鬼村博士はまことにつまらない、錯覚《さっかく》のために不慮《ふりょ》の最後を遂《と》げた。国際殺人団全体にその飛報が伝わると団員一同は色を失った。それも無理のない話で、博士の企《くわだ》てた第二期計画の日は、実にその翌日の暁《あかつき》かけて決行されるのであったから。
それは何?
翌日の早暁《そうぎょう》、帝都の西郊《せいこう》から毒|瓦斯《ガス》フォルデリヒトを撒《ま》きちらし、西風《せいふう》にこれを吹き送らせて全市民を殺戮《さつりく》しつくそうという、前代未聞の計画であった。彼等は十三台の飛行機にそれぞれ分乗して、午前三時というに、根拠地を離れて午前四時を十五分過ぎる頃あい、予定どおりに今や眠りから醒《さ》めようとしている帝都の上空を襲来《しゅうらい》した。十三台の殺人団機は翼をそろえて南にとび、機体の後部から猛毒フォルデリヒト瓦斯を濛々《もうもう》と吐《は》き出《だ》した。その十三|條《すじ》の尾がむくむくと太くなり、段々と地上に近づいて来たとき、北方の空から、突如《とつじょ》として二隊の快速力を持った戦闘機があらわれ、一隊は殺人団機の後をグングン追いついて行った。他の一隊は、今や帝都の
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