く、書くべき題材を考えつかないことには、一体これはどういうことになるんだ。時刻は午前二時三十分正に丑満《うしみつ》すぎとはなった。あたりはいよいよシーンと更《ふ》け渡って――イヤ只今、天井を鼠《ねずみ》がゴトゴト走りだした。シーンと更け渡っての文句は取消しである。
 このとき梅野十伍は、憎々しげなるうわ目をつかって鼠の走る天井板を睨《にら》みつけていたが、そのうちに何《ど》うしたものか懐中からヌッと片手を出して、
「うむ、済まん」
 といいながら、天井裏のかたを伏し拝んだのであった。
 彼は急に元気づいて、原稿用紙を手許へ引きよせ、ペンを取り上げた。いよいよなにか考えついて書くらしい。
 彼はまず、原稿用紙の欄に「1」と大書した。それは原稿の第一|頁《ページ》たることを示すものであった。彼はこのノンブルを餡《あん》パンのような大きな文字で書くことが好きであった。
 原稿の第一字を認めた彼は、こんどはペンを取り直して第六行目のトップの紙面へ持っていった。いよいよ本文を書く気らしい。
「梅田十八は、夜の更くるのを待って、壊れた大時計の裏からソッと抜けだした。
 真暗なジャリジャリする石の階
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