センスである。
 ただ、税関吏ワイトマンが愛用する丸卓子の上を汚したことは、なんだか重要な探偵材料を提供したようでありながらその実わずかにワイトマンが員数外の鼠を思い出す虞《おそれ》あるのに対し、彼の精神を錯乱させる材料に使われたに過ぎない。事実ワイトマンは憤怒し、員数外の鼠がレッドのポケットのなかに入ったまま密輸入されるのに気を使う余裕がなかったのである。でも「愛用の卓子《テーブル》を汚す」ということは、なかなかハデな伏線材料であるから、そういうハデな材料はもっとハデに生かさなければ面白くない。況《いわ》んや、この全篇を通じて探偵小説らしい伏線は、この卓子を汚すということだけなのであるから、それが生きんようでは探偵小説にならない。
 作家梅野十伍は、拳固をふりあげて、自分の頭をゴツーンとぶん擲《なぐ》った。彼は沈痛な表情をして、またペンを取り上げた。

「旦那ァ。昨日は朝っぱらから来たと叱られたので、きょうはこうして午後になってやってきましたぜ」
「うむ、レッドだな。貴様は怪しからぬ奴だ。昨日儂を胡魔化して、鼠を一匹、密輸入したな。儂は今朝になって、それに気がついた」
「エヘヘ、手前
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